「ちょいと茶州へ行って清苑公子を拾ってこい」
またクソタヌキの戯言が始まった。
「なに、お主にとっても思わぬ拾い物をするだろうから、損にはなるまい。じゃ頼んだぞ、“黒狼”」
ニタリ、とした笑み。毎度のことながら勝手な言動。真意を伝えない命令。全てがこのタヌキの思惑通りだと思うと腹が立つ。
「私にとっての思わぬ拾い物とは?」
だが、それよりもまず気になった疑問を投げかけた。
「さぁのう。ゆっくりと家族旅行を楽しむんじゃな」
要件は済んだとばかりに背を向ける。これ以上問い詰めても何も答えてはくれないだろう。はぁ、と大きく息を吐き、霄太師の背中を見送った。
その一週間後には貴陽を発ち、ひと月後には茶州へと到着していた。
思った以上に呆気なく目的を果たし、折角だから観光して回ろうと拾ったばかりの公子様も連れて活気のある街を歩いていた。
茶州の名物である甘露茶を買い占めたり、一言も喋らない公子様に構ったり、展示品の二胡を弾いたりしていると、あっという間に時間は流れた(と言っても、それをやったのは全て妻だったが)。
秀麗がいないことに気付いたのは、あらかじめ取っていた宿に戻ろうとした時だった。顔を青くさせ狼狽える妻を公子様に任せ、私は秀麗を探すために、その場を離れた。
秀麗を探し始めてしばらく経ったころ、幼い少女の姿は未だ見つからなかったが、ひとまず妻のところへ戻ろうとした時――探し求めていた愛娘を見つけた。見知らぬ少年に手を引かれ、涙の跡が残る、愛娘を。
私は殺気を込めた視線で少年を射抜く。ここが人込みでなければ間違いなく殺していた。少年は私の視線に気づいたのか、さっと振り返る。私の居場所を突きとめるような、警戒心でいっぱいの表情。
彼の顔を認めた瞬間、私は殺気を霧散させた。大がかりな隠れ鬼をしている最中の、末弟だと気付いたから。
消えた殺気に首を傾げる瞑夜。タヌキが言っていた“思わぬ拾い物”とは、彼のことだったか……。秀麗が迷子にならなければ、見つけることは出来なかっただろう。
秀麗が母親の姿を見つけて駆け寄っていく様子を静かに見守りながら、記憶の中の彼よりも幾分成長した瞑夜を眺めた。
――無事でよかった。
心からそう、思った。
茶州から戻った後、すぐに下の弟・黎深に瞑夜のことを伝えた。彼ならあの大がかりな隠れ鬼を終わらせ、瞑夜にとっても最善の策を取ってくれるだろう。
ねぇ、瞑夜。早く私に、君の本当の笑顔を見せてくれないかな。