千思万考

□#3
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「最高の昼寝日和だな」

 大きく伸びをしながら空を仰ぐ。高く青く澄んだ空から心地いい風が吹く。閉め切った部屋を換気するような風。朝廷だけでなく、国自体が変わる、そんな予感を孕む風。

 ――俺がこの国の未来を想うなんて……。

 深く息を吸う俺の表情は、自然と緩んだ。


* * 1 * *


「いいですね? これは貴方だから出来ることです。たまには吏部官としての責任を果たしなさい」

 絶好の昼寝日和に昼寝をせずに何をする、ということで、いつもの庭院の木陰で横になっていたのだが、寝付く間もなく修ちゃんに引きずられ吏部へ。お茶を呑むどころか椅子に座ることも許されず、正座で説教を受けている状態だ。この吏部一忙しい時期――年中多忙だが、その中でも特に酷い春の除目――を前に、俺が断れないと知っての仕打ちだ。……普段の俺の仕事態度を考えると自業自得なのだが。
 俺が修ちゃんの要請を拒否出来ないのは、何も時期だけの問題ではない。昨夜黎兄からたっぷりと嫌味を貰ったからでもある。“この私でさえ仕事を押し付けられるのに、お前は逃げるのか”、と。とても綺麗な笑顔を向けられては太刀打ち出来まい。ただでさえ俺は、兄たち(特に黎兄)には弱いのだから。

「釘刺されなくてもわかってる。……けど、俺は俺のやり方がある。口出しは無用だ」

「大丈夫だよ、瞑夜。やると宣言した以上、楊修は君の言葉を疑わない。君の実力もやり方も認めているからね」

 進士式に参加していたはずの黎兄が会話に加わり、正座続行中の俺の頭をしゃくしゃとかき回す。結っていたはずの髪は、見事に乱れた。

「やり方は認められませんが、それに関してはもう諦めています。瞑夜には瞑夜の思うところがあるのでしょうし……」

 もう自由にして下さって結構です、と黎兄の分のついでに俺にもお茶を淹れてくれる。修ちゃんって、飴と鞭の使い方が上手い。痺れた足で卓に着き、修ちゃんの淹れてくれたお茶を堪能する。

「どうだったんですか、進士式の方は」

 俺の隣に座った修ちゃんの問いに、黎兄の顔が一気に崩れた。遠くからとは言え、秀麗の姿を見ることが出来たからだろう。ニヤニヤ思い出し笑いしている様子は非常〜に気持ち悪いが、あえて機嫌を損ねる必要もあるまい。こういう時は放置に限る。修ちゃんもそう心得ているのか、音を立ててお茶を啜った。

「榜眼が空席だった」

 ひとまず満足したであろう黎兄が、お茶のおかわりの催促と共に告げた。

「榜眼というと……藍家の者ですね」

 ――藍龍蓮。“龍蓮”の名と天つ才を持つ、藍家直系。国試の際、関わらざるを得なかった、あの奇抜な格好と珍妙な言動をする男を思い出す。……それだけで頭が頭痛で痛くなる。誤用ではなく。

「あいつならやりかねないな。かなりの自由人だったし」

「彼も、瞑夜にだけは言われたくないと思いますよ」

 修ちゃんの言葉に、黎兄が吹いた。
 ……失礼な。というより、黎兄には笑われたくないな。






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