「嫌だっ!」
「嫌じゃありません! ただでさえ尚書が仕事をしないで溜まっていく一方なのに、他の官吏までバタバタ倒れて……。その無駄な元気を仕事にも向けなさい!」
吏部の超有能覆面官吏、修ちゃんの怒声が響いた。
* * 序章 * *
今年の夏は例年に比べてはるかに暑い。特に紫州は記録的な猛暑だそうだ。普段身体よりも頭を動かす官吏たちの多くがこの暑さで倒れ、人手不足になった朝廷は混乱一歩手前、と言った所か。しかしそんなこと、俺の知った事ではない。黎兄も俺も、仕事をしないのは周知の事実。官吏が倒れて個々の負担が増えたからと言って、俺が駆り出される理由にはならない。……少なくとも、俺にとってはそうだ。だから、どんなに吏部の空気が澱んでも、修ちゃんに怒鳴られても、絳攸に頭を下げられても、俺はいつもの過ごし方を変えることはしなかった。
そんな感じで修ちゃんから逃げ出し訪れた庭院。ちょうど米蔵に差し掛かった所で静蘭に呼びとめられた。
「瞑夜!」
「あれ? 静蘭じゃん。やっほー。こんな暑いのに、元気そだね」
ふわふわゆるゆるの髪をまとめることをしない静蘭は見ているだけで暑苦しい。俺は頭のてっぺんで適当に団子を作っているというのに。
「気にするから暑いんだ。気にしなければ気にならない」
何だよ、その理屈。俺は胸元の袷をパタパタと扇いで風を送る。
「それよりも。今度戸部に来る侍僮に会っておけ。面白いものが見られる」
静蘭はペイッと手巾を投げ渡してくれる。その心遣いに内心だけで感謝して流れる汗を拭う。
「面白いものって何?」
戸部に侍僮が入ることを何故米蔵門番である静蘭が知っているのだろう、と何となく思った時、続いた言葉に首を傾げた。
「見てからの楽しみだ。まぁ後悔はするかも知れないが……」
何だよ、それ。見て楽しめて、でも後悔するもの。全く意味がわかんねぇ。
俺は胡乱気な目を向け答えを待つが、静蘭はそれ以上答えるつもりがない、と目を逸らす。俺も、期待しても無駄だと悟り、小さく嘆息した。
「わかった。気が向いたら会ってみるよ。んじゃ、邪魔したな」
ヒラヒラと手を振って、その場を後にした。
* * * * *
その日の夜。琵琶の音が響く紅家別邸。その音色の出処である俺の部屋に、黎兄が訪れる。琵琶を爪弾く手はそのままに、何か言いたげな黎兄に目をやる。
「明日、絳攸が戸部へ侍僮を連れて行く。……迷子にならない様に誘導してやれ」
そう告げてパタリ、と寝台に横になり、眠る様に瞳を閉じる。でも、俺は知っている。これが黎兄なりの、俺の音の楽しみ方。眠っている様に見せかけて耳を傾けていて、後日あれやこれやと指摘が入る。でも俺にはそれが嬉しくて、黎兄が本当に眠ってしまうまで曲を奏で続けた。
* * * * *