「お主には貴妃付き女官となってもらう。無論、拒否権はなしじゃ」
全てはこの一言で始まった。
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「拒否権はなくとも拒否致します。百歩譲って貴妃付きまぁ良いとしましょう。だが何故“女官”なのですか!?」
「お主なら似合うじゃろうて」
理由になってない。目の前にいるくそじじいは官吏の中でも最高位に付く、霄太師。
「遂にボケが始まりましたか。何なら俺が、あっちの世界に行くお手伝いをさせて頂きますが……」
そもそも、俺の昼寝場所に、このくそじじいが来た時から嫌な予感はしていたんだ。面倒事しか持ってこない、しかも人の嫌がることを強制させる、そんなタヌキは苦手な相手の一人だ。
俺の怒りもそろそろ頂点に達する。こういう時に限って何故短剣さえ持っていないのか、と後悔。
「お主はいつでも元気じゃのう。もっと老人を労わらんかい!」
タヌキは飄々と笑う。ますます俺の怒りも募る。
「殺したって死なないくせに、何抜かしてやがるんですか。大体俺が面倒事を引き受けるとでも? 他を当たって下さい」
「拒否権はなしじゃと言うたじゃろ。もちろんタダで、とは言わん。そうだな……任務終了後ひと月、わし付きの官吏、という職を与えよう。過ごし方はお主の自由じゃ。わしはその間、お主に何も雑務は与えんよ」
その報酬に、クラリと心が揺らぐ。タヌキ付きの官吏、というのは聞こえが凄ぉ〜く悪いが、言い換えれば一ヶ月堂々とサボれる、ということだ。それはなかなか、美味しい条件に見える。
「良いでしょう。では、詳細を」
片方の口角を上げて問うと、タヌキはニンマリと笑った。
「王の為? 今まで放っておいた貴方が何寝ぼけた事を言ってるんですか」
今回の貴妃は、現国王紫劉輝の教育係として呼ばれるらしい。その理由を聞いて、本気でこのじじいは耄碌しくさったか、と思った。
「このままではチと問題じゃろうて。わしの知恵を振り絞って出てきた良案じゃ。お主には貴妃の護衛を。女官の方が傍に居やすいだろうし、相手が油断するやもしれん。だから女官なんじゃ」
「その理由、絶対こじ付けですよね。最初に言ったアレが本音でしょう。まぁ、もうどうでもいいですが」
面白そうに笑うタヌキを横目に、俺は大きくため息をついた。
「あぁ、そうだ。あなたが王の為に動こうと勝手ですが……俺を巻き込まないで下さいね。俺の仕事は飽くまで貴妃の護衛。それ以上も以下もなしです」
「むむぅ。少しはあの主上にカツを入れてやってくれるかと思ったが……やる前から拒否か。まぁ仕方ないのぉ。では明日から、女官頑張ってくれ」
フォッフォッフォッ、と顎鬚を扱きながら、霄太師は宮へと戻って行った。その後ろ姿を見送ってから、もう一度寝直そうと試みるが、眠気は訪れない。こうなったら府庫で邵兄とお茶でもしよう。そう思って俺は府庫へと足を向けた。
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