「夏風邪は馬鹿が引くもんだ」
部屋に入ってくるや否や、そう告げたのはコンラッド。わざわざ嫌味を言いに来たのか、暇な奴め。
「どうせ俺は健康管理もなっていない、馬鹿ですよーだ」
俺は枕に埋めていた顔を動かす。今はそんな動きさえも億劫なくらいダルい。だが、眠気は一向に訪れないので話し相手の来訪は正直ありがたい。たとえそれが嫌味ばかりの男だとしても。
「ヨザは飛んで帰ってくるそうだ」
コンラッドはベッドサイドの椅子に腰かける。俺に付き合ってくれるらしい。
「帰ってこなくてもいいのに……。ってか仕事より俺を優先したらダメだろ」
ヨザなら本当に飛んで帰ってきそうだ。余計な心配はかけたくないのに、誰だ? 任務中のヨザに俺が風邪を引いたと伝えた奴は。コンラッドか? やっぱり、コンラッドなのか?
そんな疑問を視線で訴える。コンラッドはすぐに俺の言いたいことを察してくれたらしい。
「言っとくけど、ヨザックに連絡を取ったのはグウェンだよ。俺じゃない」
「兄貴がそんな気の利くか利かないかわかんねーこと、するわけねーだろ」
……そう思っても否定しきれないのが兄貴だ。あぁ見えて、身内にはとことん甘い。わかりにくい優しさで甘やかされているのは常だ。だから……コンラッドでないというのなら、本当に兄貴なんだろう。第一、任務中のヨザに連絡が取れるのは兄貴くらいだ。後で礼と一緒に文句の一つでも言ってやろう。
「これ、アニシナから預かって来た。“実験への協力お願いします”ってさ」
俺が自己完結したのを読んだように、コンラッドが小さな小瓶を差し出してきた。透明な液体が入っていて、目に付くような特徴は見つからない。……が、アニシナちゃんからだ。危険だ。危険だと分かっていて興味を持つ俺も俺だが。
「……ちょうど暇してたんだ。協力、してやろうじゃん」
コンラッドの手から小瓶を受け取って、蓋を開ける。口に含む前に臭いを確認してみたが、何も感じない。俺の鼻が詰まってるんだろうか? それとも、単に無臭性なんだろうか。
そんな事を考えながら、躊躇いなく一気に煽る。臭いもしなかったが、味も特に感じられない。ただ、異様な冷たさだけが喉元を過ぎて行った。
それから数拍後。びっくりするような睡魔に襲われる。基本的に睡眠を苦手とする俺でも抗えきれない程の眠気。
「風邪薬っていうか、コレ……即効性の強力睡眠薬だろ……」
「とりあえず、眠れる時に眠っておけ。うなされる様ならちゃんと起こしてやるから」
コンラッドは俺の目元を手で覆う。いつも嫌味と黒いものばかりのコンラッドなのに、そこから伝わる温もりは優しい。
「コンラッドじゃ……ないみたい、だ……」
俺の意識は、そこで途切れた。