白と黒

□#1
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 半日ほどチャイロを走らせて辿り着いた村にある一軒家から、俺たちの師であるフォンクライスト卿ギュンターが飛び出してきた。

「陛下! ……と、ティア?」

 あ、俺オマケ扱い。ま、いっけどね。

「久しぶり、先生」

 ニコッと笑ってご挨拶。飛びつかないのは、相手が先生──ギュンターだからだ。

「偶然会ったから、そのまま同行を頼んだんだ」

 脅された覚えはあっても、頼まれた覚えはない。コンラッドの言葉に首を捻りながら、まだチャイロの背でお尻を押さえている新王陛下に手を貸した。
 その間、コンラッドと先生は俺をスルーして話している。

「そんなこと言ってる場合じゃないようだよ、ギュンター。フォングランツに先を越されかけた」

 その言葉に瞬時に空気が変わる。この場にいるもの全員が真剣な表情になる。……何も理解出来ていない陛下を除いては。
 うん、仕方ないよ。だってまだここが地球で、何かのアトラクションだと思っているんだから。
 俺はその光景を微笑ましく眺めていた。

「陛下……何故お言葉が……?」

「あぁ、それはアーちゃんが……」

 先生の言葉に俺が反応した……のに、陛下の言葉にかき消される。
 俺は喋るな、原作通り進まないじゃないか……そんなとこか?
 俺は1つため息をついて、発言権が与えられるのを静かに待つことにした。

「コンラッド……じゃない、えーと、コンラート」

「え? あぁ、英語に耳が慣れているなら、コンラッドの方が発音しやすいでしょう。知人の中にはそう呼ぶ者もいます。ティアのようにね」

 コンラッドが俺に目をやると、新王陛下もこちらを見る。俺はとりあえず笑顔を返した。陛下もつられて笑顔になると、コンラッドに向き直り言葉を続ける。

「俺、あんたとどっかで会ってるかな?」

 陛下の言葉にコンラッドは少し考えてから、否定した。その表情はいつも以上に柔らかく、俺は思った。
 コンラッドは本当に陛下が大切なんだ──と。

「とにかく陛下、こんな場所ではお話も出来ません。むさ苦しい所ですが、どうぞ中へ」

 先生の言葉に従い、俺たちは貸しきった民家へと入っていった。







 今日聞けるはずの名台詞はぁ〜っと……。
 確か、先生の“おめでとうございます! 今日からあなたは魔王です!!”か。何がめでたいんだろう、と思った記憶が……。生で聞けるの楽しみだなぁ。


 陛下は学ランを暖炉の前で広げて乾かし、その前の席に先生がついている。俺はコンラッドと一緒に扉の前に陣取って名台詞が出るのを待った。
 しばらくは先生と陛下の会話が続く。時々コンラッドも口を挟む。俺は扉に体重を預けて座り込んでいた。その時、控えめにドアがノックされる。コンラッドが薄くドアを開くと、この村の子供たちが顔を覗かせた。

「コンラッド! 投げるの教えて!」

「ティア! 打つのも教えて!」

 俺とコンラッドの姿を認めると、明るい口調で話しかける。背中に飛びついてきた奴の体重を感じながら、俺は考えた。コンラッドはこのまま子供の相手をするだろう。護衛といっても先生がいるから俺も一緒になっても構わないな……。
 了承の返事をしようとしたところでハタ、と気付く。このまま外に出れば、今日の名台詞が聞けないではないか。子供たちには悪いが、俺はここに残ろう。そう言った意味を込めてコンラッドに目をやると、彼はわかった、という風に口を開く。

「ここを頼む」

「あぁ」

 さすがはコンラッド。わかってくれている。

「ティアは駄目なの?」

 背中にあるぬくもりが寂しそうに問う。悪い、俺のわがままを優先させて……。そんな罪悪感に苛まれながら、俺はその少年に向き直り頭を撫でる。

「ごめんな」

 しゅんとしょげていた少年は、ブンブンと首を振り、“また今度教えてね!”と言って、コンラッドと共に出て行った。







「教師だってんなら、ずばっと簡潔に教えてもらおうか。ギュンター、俺はこの世界で何をすればいいわけ? どんな厄介な敵を倒せば、埼玉の実家に帰してくれんの?」

 陛下が一気にまくし立てた。先生は静かに、でもはっきりと答えた。“人間です”と。
 パチンと薪が爆ぜる。沈黙が流れたからだ。気付けば俺は我慢できずに、怒鳴っていた。

「ギュンター!!」

 何故滅ぼすしか頭にない? 手を取り合って友好関係を築こうとしない? 何の為に……地球に渡ったジュリア嬢の魂を魔王として呼び戻した? 俺はギュンターを睨んだまま拳に力を入れる。これから続くギュンターの台詞は陛下に聞かせるべきじゃない。そうは思っていても、俺にはそれを止める術はない。ただ飛び交う会話を黙って聞いているしかなかった。

「おめでとうございます。今日からあなたは魔王です!」

 一番聞きたかった台詞も、今のこの状況では素直に楽しめなかった。……ちょっと損した気分だ、ちくしょう。






「なぁ、ティア……怒ってる?」

 子供たちがそれぞれの家に帰るのを見届けながら、陛下が問う。俺は何でもないような視線を向けて続きを促す。

「……いや、何か……ずっと喋んないから、さ」

 気まずそうにそう言って俯く陛下にクスリと笑ってしまった。

「心配かけたみたいで悪いな。ありがと」

 そう前置いてから、言葉を続けた。

「先生……ギュンターが言ってたことさ、鵜呑みにしないでほしいな〜なんて。確かに今はいがみ合ってるけど、……だからって、これからもずっとそんな状況だと疲れるだろ。お互いさ。俺はそれが嫌なんだよ」

 安心させるように優しく笑う。俺ごときが陛下に心配されるなんて……任務で身につけた超! 演技力が泣いてしまう。

「男たちを殺して家を焼いたというのは、彼らが捨ててきた人間の国の、愚かな王のしたことですよ。もっとも……そんな人間ばかりじゃないってことも、覚えておいてほしいです」

 コンラッドもゆっくりと言葉を紡ぐ。少しつらそうな表情が俺にも痛かった。

「さ、陛下、中に入りましょう。日が暮れると急激に温度が下がります、またギュンターに説教されちまう」

「俺は君に心配させたことで、説教確実だよ。戻りたくないなぁ……」

 大げさに息を吐いて明るく努める。あ〜ぁ、先生の説教、長いからヤなんだよなぁ…。ま、陛下がリミッターになってくれる……カナ?
 民家に戻る間にも、俺はそんなことを考えていた。







 陛下も先生も寝静まった納戸で、俺は音を立てないように扉に向かう。

「眠れないのか?」

 コンラッドが心配そうに尋ねてくる。俺は心配をかけないようにいつもの口調で答えた。

「まぁな。ちょっと外の空気吸ってくる。そんな心配そうな顔すんなって」

 見えないけど、雰囲気でわかる。コンラッドがどんな表情をしてんのかなんて。
 俺はグッと背伸びして、腕を伸ばし、コンラッドの頭をわしゃわしゃと撫でた。眠れないのはいつものこと。今に始まったことじゃない。休まなきゃいけない時は、ちゃんと休んでいるから、眠れないときに、無理に休む必要はない──、と俺は思っている。コンラッドはそうじゃないみたいだけど……。

「無理はするなよ」

 大人しく俺に撫でられていたコンラッドは、そう言うと扉を開け道を譲ってくれた。







 そして、俺はそのまま外で夜を明かした。








 日が昇り始めてから、身支度を整える。陛下が起きてくるのはもう少し後かな、と考えながら、俺は馬を繋いである場所まで来た。

「おはよ、チャイロ。ちゃんと休んだか?」

 チャイロの首をさすりながら声をかける。チャイロは朝からムダに元気がよく、やる気満々だ。他の馬たちも“自分を撫でろ”とばかりに俺の髪を甘噛みする。俺は、1頭1頭名を呼び、話しかけていた。

「一晩中、馬たちの相手をしていたのか?」

 不意に声をかけられた。コンラッドだ。俺はゆっくり振り返った。

「……な訳ないだろ。今日も思いっきり頑張ってもらうんだ。休んでるとこ邪魔できねーよ」

 愛馬・ノーカンティーを撫でているコンラッドに向かって、俺は答えた。

「で、陛下と先生は?」

「もう出てくるんじゃないかな……あ、ホラ」

 ツイ、と目をやった先に、昨日暖炉で乾かした学ランを着た陛下がいた。馬を見るなり“また馬ぁ!?”とゲンナリしている。俺とコンラッドはその様子を何の気なしに眺めていた。

「さぁ、陛下、俺とギュンターとティア、誰とタンデムする?」

 コンラッドの言葉に俺が口を挟む。

「コンラッドがいーんじゃねぇ? 俺よりも気を遣えるだろうし、先生だと……なんか心配だ。それに……」

「それに?」

 俺の言葉にコンラッドが問う。先生はちょっと拗ねている?俺はチラリと陛下に目をやってから答える。

「ノーカンティーが乗せたがっている」

 俺の言葉に陛下の髪を唾液でデロデロにしていたノーカンティーがブヒヒンと鳴いた。肯定しているのだろう。陛下は“これが!?”と目を丸くしているが、コンラッドは納得した様子で了承した。

「そうと決まれば、帰りますか、王都へ」

 その言葉に、ゆっくりと馬を進め始めた。







 えっと、今日の名台詞は……。あぁ! まるマシリーズ名台詞ベスト3には入るであろう、コンラッドのあの言葉!! “陛下には手でも胸でも命でも〜”ってヤツ!! 前世の女の子が諸手を挙げてキャーキャー言ってたな。これは是非聞かなければっ! ……でも、砂吐かずに聞いてられるかな?





 何度目かの中継地点で休憩をとることになった。まだ、血盟城はおろか、王都までも達していない。残り半分と言ったところか。ま、乗馬初心者の陛下に合わせているのだから仕方ない。それに、馬に乗る感覚も覚えてもらわないと。
 俺はチャイロから鞍を外してやりながら、そんなことを考えていた。ふと陛下に目をやると、スミレ色の髪と瞳を持つ少女が陛下に水を差し出していた。
 今日の名台詞まであと少し──……。

 俺はにやける頬を何とかおさめ、陛下たちの元まで行った。マニメだと、この女の子はオンディーヌちゃんなんだけど、原作的にはどうなんだろうな。ま、それを知ったところでどうなることもないが……。そんなことを考えながらオンディーヌちゃん(仮)を見る。視線を感じたであろう彼女は、俺と目が合うと、にっこりと笑った。

知っていますよ、貴方の持つ記憶のことを…。バラされたくなければ、黙っていてくださいね。

 あぁ、幻聴再び。こんな幼い(ように見える)彼女でも、黒属性なのか……。
 俺は背中を伝う汗を感じながら、彼女から目を逸らした。
 コンラッドから手渡されたグラスを陛下が一気に煽る。それに対して、先生が血相を変えて怒っている。

「あなたは国民に肩入れしすぎです!!」

 来たぁー!! カウントダウン開始だぁ!!
 先生の言葉にコンラッドが爽やかに答える。

「国民に肩入れしないで誰にするって言うんだ? あぁ、陛下には肩とは言わず、手でも胸でも命でも差し上げますが」

 出たぁぁぁ!!!
 俺はかろうじて砂を吐かなかったものの、笑いを堪えることが出来ず、吹き出してしまった。

「ハハッ……最高……コンラッド。おもしれぇー……。ククッ……」

 いきなり腹を抱えて笑い出した俺に先生と陛下は目を丸くする。コンラッドだけは冷静に“事実だけどね”と呟いた。そして屈みこんでいる俺の頭をポンポンと撫でる。不思議とこみ上げていた笑いが収まった。
 俺が落ち着いたのを見届けてから、今度は陛下がパニックになった。

「胸とか命はいらないよ」

 しかし、やっぱりコンラッドは“そうおっしゃらずに”とサラリと返す。こんな反応が自然に出来るのがコンラッドのすごい所だ。俺は魔術やら魔族やらの話をしている先生や陛下を眺めながら、しみじみと思った。

「とりあえずは一人で馬に乗れるようになってもらわないと困るんですけど」

 全然困ってない、という顔でコンラッドが言う。陛下はノーカンティーやチャイロに目をやりながらも戸惑っている。

「こいつらにィ?」

 ノーカンティーもチャイロも陛下を気に入っているのに、当の本人はそうは感じていないらしい。情けない顔で言う陛下に、やっぱり爽やかな表情でコンラッドが口を開く。

「いいえー。とっておきの淑女をご用意しましたよー。生まれるときも俺が手がけて、今日まで丹精込めて育て上げた愛娘を。陛下にばっちりお似合いの真っ黒いやつ」

「しかも父親は六代目チャイロ!」

「六代目ぇ〜!?」

 意味のわからないところに突っ込む陛下は、相当お疲れのようだった。


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