白と黒

□#1
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□■今日からマのつく自由業!■□

* * 1 * *


「与作は木ぃ〜を切るぅ〜。ヘイヘイホ〜。ヘイヘイホ〜」

 俺は仕事である諜報活動を終え、兄であり上司であるフォンヴォルテール卿グウェンダルの元へと、暢気に歌を歌いながら向かっていた。

≪おい、ティアラ≫

 人が気持ちよく歌っている所に、自称・眞王の御遣いであるという黄色い猫・キイロが、俺の愛馬・チャイロの頭の上に突然現れた。俺はそれに驚くことはなく、しかし、水を差されたことに不機嫌な表情になる。

「なんだよ、キイロ」

≪キイロ言うなといつも言っているだろう!?≫

「なんで? いい名前なのに……」

 この争いも日常茶飯事。ちゃめしごとだ。

「で? 俺になんか用事?」

 まだ俺を睨んでくるキイロに用件を促す。

≪あ、そうだった。次代魔王がこの地に来たぞ。その村だ≫

 キイロはクイっと顎で村の方角を示す。俺はその方向に視線をやりながら考えていた。
 ……次代魔王……渋谷有利原宿不利六本木素敵か!! この世界に生まれてもうすぐ100年。やっと……やっと原作に入ったのか!! 国を出たアーダルマッチョにも会えるし……、よし!

「会いに行こう!! ……お前は行くのか?」

 俺は手綱を引き、チャイロの進路を変えながらキイロに問う。

≪いや。……じゃ、確かに伝えたぞ≫

「あぁ、サンキュ」

 黄色いネコは、三又のシッポをパタ、と一振りすると、姿を消した。その瞬間、女性の金切り声が響く。双黒を見ての反応だろう。俺は自然と上がる口角をそのままに、声のした方角へと向かっていった。







「アーちゃん、久しぶり〜ッッ!!」

 俺は彼の背後から飛びつき、首にぶら下がる。アーちゃんこと、アーダルマッチョ……違った、アーダルベルトは、突然の衝撃に前のめりになるも、何とか踏ん張って事なきを得た。

「離れろ、フォンヴォルテール卿っ!」

 アーダルベルト──めんどくさいからアーちゃんでいいや──は、俺の腕を解こうとするが、俺も必死でしがみ付く。

「ヤだねっ。そんな呼び方する奴の言うことなんか誰が聞くかっ」

「ティア!」

 思った以上に簡単にアーちゃんの口から俺の名前──愛称だが──が紡がれる。俺がぶら下がっているのがそんなに嫌だったのか……。俺はスルリと腕を解き、アーちゃんの前に立つ。新王陛下を背に庇うように──だ。

「そこをどけ、ティア。そして、ソイツを渡せ」

「いくらアーちゃんの頼みでも、それは出来ない」

 アーちゃんの言葉に、俺も真剣な表情で答える。ゆっくりと剣に手をかけるアーちゃんを見て、俺は静かに口を開いた。

「アーちゃんとは剣を交えたくない」

 咄嗟に“アーちゃん言うな”と返されるが、鋭い眼光はそのままだ。

「なら、大人しくソイツを渡せ」

「嫌だ」

 こうやって少しでも時間が稼げればいい。もうすぐコンラッドが来るはずだし……。
 ──? あ、そういえば、蓄積言語は引き出したんだろうか? まだなら少し厄介なことになるぞ?
 首を捻って後ろで戸惑っている彼に聞いてみる。

「なぁ、君。名前は?」

「渋谷有利原宿……じゃない。ただの渋谷有利!!」

 あぁ、ちゃんと通じてるじゃないか。アーちゃん、やるべき仕事はちゃんとやってたんだな。
 俺がアーちゃんから目を離した瞬間に、剣を振る気配を感じ、新王陛下を庇って飛びのく。

「ソイツを渡さないつもりなら、剣を抜け、ティア」

 本気の目に、本気の口調。……抜かなきゃいけないのか?
 ゆっくりと剣に手をかける。指先に力を入れた瞬間、コンラッドの声が響いた。

「ユーリ!!」

 ……コンラッドが来たってことは、俺の出番は終わりだ。この後、魔王はコッヒーと空中ライドなはず……。

「えっ? 何で俺、空飛んで……?」

 陛下の戸惑う声が耳元で聞こえる。確かに陛下は空中ライド中だが……。

「ちょっと待て! 何で俺まで!?」

 そう。俺も陛下同様、コッヒーに連れられていた。

「ティア! 陛下を頼むぞ!!」

 コンラッドはそう言うとアーちゃんに向かって剣を振るう。

「少しの間の辛抱だぜ。すぐ助けてやるからな」

 アーちゃんは、コンラッドの剣を受けながら空に叫ぶ。

「俺、善悪どっちに連れて行かれるの!?」

「それは自分で判断してくれ。……もっとも、俺らは味方のつもりだけどな」

「あ、えっと……君は?」

「あ〜悪い。名前聞いときながら、まだ名乗ってなかったな。俺はフォンヴォルテール・ティアラ。ティアでいーぜ、六本木素敵クン」

 俺は戸惑いを隠せない彼に、バチコンとウインクを返した。







「念の為に聞くけど、乗馬経験は?」

 空中ライド終了後、俺はチャイロの頭を撫でながら尋ねる。案の定、“メリーゴーランド少々”という答えが返される。
 ……わかってはいたけど、メリーゴーランドを乗馬経験に入れるなんてさすがだ。
 俺はフッと鼻で笑って言葉を続けた。

「なら、しばらく俺と相乗りで構わない? それともコンラッド……さっきのお兄さん待つ?」

 実は、先生……ギュンターが待っているであろう村の場所を知らない。でも、国境近くの村だったはずだから、眞魔国へ向かって帰ってたら何とかなるだろう。コンラッドがいなくても問題ないはずだ。
 そう楽観的に考えながら、頷く新王陛下を引き上げチャイロに乗せた。

「落とさないつもりだが、落ちないように掴まってろよ」

 俺は軽くそう言うと、チャイロを走らせた。







「陛下! ティア!」

 しばらくすると、後ろからコンラッドの声が聞こえる。俺は手綱を引きながら、ゆっくりと振り返る。そして、コンラッドが追いつくまでに、彼を紹介しておく。

「彼はウェラー卿コンラート。君の……」

 名付け親、と言おうとして止めた。駄目じゃん。こんな大事なこと、俺がバラしちゃ。
 そして、誤魔化すように続けた。

「君を迎えに来たんだよ。……多分」

 “多分”を付けたのは、これが俺の前世の記憶からの情報だから。憶測と思わせておいたほうが都合がいい。

「陛下! お怪我はありませんか?」

「あー、うん。ティア……さん? が助けてくれたからね」

 新王陛下は、俺に笑顔を向けて“ありがとう”と言った。

「ティアでいい。それに……礼を言われるようなことはしてないよ。アーちゃんとじゃれてただけだし」

 あの場に俺がいなくても、この少年は無傷で眞魔国に入れたはずだしね。

「いや、助かったよ。でも、何でティアがここに?」

 本当に不思議そうな顔をしてコンラッドが尋ねる。俺はその表情に笑みを返しながら答えた。

「任務帰りだったんだけど、叫び声が聞こえてさ。ちょっとした好奇心で覗いてみたらアーちゃんがいたから、思わず抱きついちゃった」

 カラカラと笑う俺に、コンラッドはため息をついて口を開いた。

「なるほど。じゃ、そろそろ行こう。遅くなるとギュンターに怒られる。……ティアはどうする?」

 先に帰るなら帰ればいいでもまさか陛下を置いて帰るわけないよな護衛は多いに越したことはないお前なら戦力になるだからこのまま同行しろ。

 うわぁ、幻聴だよ。
 にこやかに笑う幼なじみの後ろには黒いモヤが見える。
 幻視まで……。俺ってば重症? いや、コンラッドに“帰れ”と言われない限り、同行するつもりだったよ? だったけど、こんなコンラッドを前にしたら逆らえねぇ……。

「護衛役勤メサセテ頂キマス」

 何とかその言葉を搾り出し、俺たちは先生の元へと向かった。



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