オレンジ色

□#5
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* * 1 * *

 柔らかい日差しが辺りを照らす。時折通り抜ける風が木々を揺らし、心地いい葉音を響かせた。

「平和だなー」

 先日一斉に増えた部下たちの稽古を見守りながら呟くと、同じように隣でまったりとしていたレディオが俺に視線を移した。

「嵐の前の静けさ、というもんか? ……何もなきゃいいが……」

 空はどこまでも広く、青い。だが、そんな穏やかな日常とは裏腹に不穏な噂が出回っている。その出元はグリーセラ卿。何があってもこれだけは伝えなければ、とグウェンダル閣下に進言したのだ。曰く、シマロンが箱を手にした、と。誰であろうと開けることは許されない禁忌の箱。それがよりにもよって、魔族と敵対している人間の手中にあるという。人間側がそれを使って眞魔国に攻撃もしくは圧力をかけてくるのは目に見えている。一触即発状態。戦争が起こるのも時間の問題だ。そして、そのことを差し引いても危険なのが、禁忌の箱の存在。開けたら最後、世界が壊れるだけだ。

「トップがそんな暗い顔してりゃ、下も不安になるだけだ。気持ちは分からなくもないが……少なくとも今は顔に出すな。それ位出来るだろう?」

 思いもかけなかったレディオの言葉に俺は目を丸くした。顔に出していたつもりはなかったのだが、そうでもなかったらしい。

「……何? 心配してくれてんの?」

 レディオなりの気遣いが嬉しくて頬が緩む。そんな俺の反応で自分の行動に照れたのか、もしくはただ単に頭にきたのかは分からないが、わしゃわしゃと頭をかき回される。やられたままでは悔しいので俺もやり返す。部下の稽古中に傍で責任者は何をやってるんだ、という突っ込みは聞こえないことにしておく。

「ラスティア隊長! レディオ副隊長!」

 しばらくそうしてじゃれていた時、城内から一人の兵士が駆け寄ってきた。

「お取り込み中失礼致します! フォンヴォルテール卿グウェンダル閣下がお二人をお呼びです!」

 ビシッと敬礼する兵士の言葉に、俺はレディオと目を合わせる。

「了解した。すぐに向かう」

 ゆるゆるだった空気が一気に張り詰める。この時期にグウェンダル閣下からの呼び出しだ。何かがあったと考えるのが自然だ。
 俺は一番近くにいた部下の一人に席を外すことを伝え、レディオと共にグウェンダル閣下の元へと向かった。

* * * * *

 通された執務室にはいつも以上に不機嫌そうなグウェンダル閣下。そして閣下の肩には見慣れた白鳩。

「急に呼び出してすまない」

 閣下の言葉に俺とレディオは姿勢を正す。その緊張感を破ったのがさっきの白鳩。どぐぅ、と鳴いて俺の頭の上に乗った。

「グリエから報告が来た。それによると一人では少し大変だから応援が欲しいそうだ。ユキシロ、行ってもらえるか?」

 こほん、と咳払いをした後に続く言葉。俺はそれを即座には納得出来ない。

「……俺をご指名、ですか? もっと優秀な諜報員、いると思いますが」

 いくら状況が状況と言えど、そこまで人手不足ではないだろうに。

「……もしかして、ヨザックさんからのご指名ですか?」

 おそらく俺と同じような疑問を持ったであろうレディオも眉をひそめた。

「いや、私の人選だ。ユキシロが行った方が奴も何かと動きやすいかと思ってな」

 なるほど。諜報としての仕事も、ヨザックの癖も、ヨザック自身のことも良く知る俺に、とそういうことらしい。そういう意味では俺もヨザックもお互いを熟知しているので動きやすいというのも頷ける。

「そう言われちゃったら、俺しか行けないですね」

 ニコリと笑顔を向け肯定の返事を示す。

「出来るだけ早く発ってくれ。場所はそいつが案内してくれるらしい。アスナディックには、ユキシロが城を空けている間の隊の統率を……」

「隊長の不在を預かるのが俺の仕事ですからね。お任せ下さい」

「どぐぅ」

 レディオの返答と“そいつ”と示された白鳩の鳴き声が重なる。
 そして俺は、その日の内に血盟城を後にした。



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