オレンジ色

□#4
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「ニコラはすげぇな」

 俺は流れていく景色を眺めながら呟く。向かいに座っている少女は、キョトンとした表情を俺に向ける。

「私が? そんなことないわよ」

「いーや、やっぱすげぇって。今、グリーセラ卿が何処にいて、何をして、どーなってんのかわかんねー状態で、赤ちゃん抱えて、真っ直ぐ前見ててさ。……俺も見習わなーとなぁ……」

 ニコラに視線をやりながら、はぁ、と大きなため息が漏れる。

「……ヨザックさん、だっけ? 彼のこと、心配?」

 クスリと笑いながら、彼女が問う。俺は、“そんなんじゃない”と、再び窓の外に目を向けた。
 スヴェレラからの帰還後、すぐに休んだ俺が目を覚ますと、ヨザックはいなかった。グウェンダル閣下に話を聞いてみると、諜報任務に赴いた、とのこと。起こしてくれたらよかったのにー、と思いながらも、眠ってしまった自分に腹を立てる。それでも、こういう状況は今に始まったことじゃないし、ヨザも週に一回は白鳩便で連絡をくれるから、と気持ちを持ち直した。

 ……なのにっ! 四ヶ月たった今でも手紙ひとつこないとはどういうことだ!? アニシナ閣下には桃鳩便出しておいて、俺には桃色どころか、白鳩さえ飛ばねぇ。
 グウェンダル閣下のところには定期的に報告書が送られてくる。それによってヨザの無事は確認できるんだが……。
 会えないことよりも、連絡がないことが辛い。俺、ヨザの気に障るようなこと、したかな? ……心当たりありすぎて、わかんねぇよ…。

「俺、嫌われたのかな」

 ポロリと出た弱音に、ニコラは驚いている。まぁ、俺もびっくりした。自分で何言ってんだか……。

「そんなことないと思うわよ? 私、ティアの彼のことは知らないけど……ティアを焦らしてるんじゃないかしら?」

 ……焦らす?
 俺はフワリと笑う彼女に目を向け、言葉の続きを促す。

「“押して駄目なら引いてみよ!”。これは恋愛の鉄則よ? きっと、貴女の彼は意識的にやっている。手紙を出しても返事がないんでしょう?」

 そう。グウェンダル閣下に頼んでヨザに指示を出す際、一緒に手紙を送ってもらっていた。その指示に対しての報告書は返ってくるのに、手紙に対する返答はない。公私混同するな、と怒られる前に手紙を出すのはやめてしまった。

「とりあえず、暫くは彼のこと、忘れましょう? そのためにここへ来たのだし……。ね?」

 目の前には血盟城。グウェンダル閣下に、ユーリに会いたいという彼女の護衛を命じられた。“ついでに陛下の補佐でもしてこい”というありがたいお言葉付き。つまり、“ニコラの護衛”と“陛下の補佐”という名目の休暇を与えてくれた、というわけだ。不器用なグウェンダル閣下の優しさだとすぐに気付き、俺はそれに甘えることにした。
 俺が色恋沙汰で悩むなんてどうかしている。ここはひとつ、ユーリとロードワークしたり、隊長と手合わせしてもらって、スッキリしようではないか。

「そうだな。ありがとう、ニコラ」

 俺は笑顔でそう言うと、彼女も満面の笑みを返してくれた。







 俺はニコラを連れて、執務室へと来ていた。この時間はまだロードワークか朝風呂中だろうが、下手に探し回るよりここにいた方が確実だ。
 軽くノックをして扉を開くと、汗だく閣下とわがままプーが二人して物凄い勢いで言い争っている。……ユーリを巡って。
ただでさえ怪しい三角関係の方程式を築いているニコラの脳内に、“ギュンター閣下”という、強力に粘着タイプのライバルを与えた。
 ユーリと、グウェンダル閣下と、ヴォルフラム閣下に、ギュンター閣下。……陛下トトとしては面白いが、少しユーリが可愛そうになってくる。なんたって、最有力候補・隊長を加えても、ノミネートは男性陣ばかりだから……。

「陛下っ!」

 不意にニコラが口を開いた。

「ニコラ! 来てたんだ。ティアも!」

 ユーリの声に言い争っていた二人も目を向けた。

「おはよ、ユーリ。調子はどうだ?」

 服装から、今まで走っていたであろうことが推測され、俺は問う。

「うん。いい感じ。……って、それ以前に頼むから誰か気付いてくれよー、俺たち男同士じゃん!?」

 隣で続いていた口論に、哀願するようなユーリの声が響く。俺は微笑ましいな〜、なんて思いながら、その様子を見ていた。

「申し上げますっ!」

 そんな中、遠慮がちにノックされ、隊長が扉を開けると、ガチガチに緊張した兵士が口を開いた。

「眞魔国国主にして我等魔族の絶対の指導者、第二十七代魔王陛下のご落胤と申す者が……いえ、仰るお方がお見えですっ!」

 その言葉にヴォルフラム閣下は顔を真っ赤にさせてユーリに詰め寄る。責められているユーリは、よく理解できていないようだ。ギュンター閣下は卒倒してしまい、ニコラは何故かとても嬉しそうだ。隊長は相変わらずのポーカーフェイス。俺は……堪えきれずに、吹き出してしまった。

「さっすが、ユーリ! 恋人の前に、隠し子とは……」

「ちょ……ちょっと待って! 何!? 隠し子って、俺の!?」

「ティア! “恋人の前に”とはどういうことだ!? 僕はユーリの婚約者だぞ!? それにユーリ!! 僕という者がありながら、隠し子とは何だ!? 相手は何処の誰だっ!?」

 ヴォルフラム閣下は顔をさらに真っ赤にさせて、俺とユーリに詰め寄っていた。その間も、俺は耐えることなく、盛大に笑わせてもらった。

「で、そのご落胤の君とやらはどちらに?」

 この状況で笑わずにいられる隊長が、進まない話を進めた。







「ちちうえぇー!!」

 幼い少女がユーリに向かって走ってくる。無意識だろうが、ユーリは少女と目線の高さを合わせ、両手を広げる。感動の再会、という場面だろうが、少女の方はそんな雰囲気ではない。その空気を瞬時に察し、俺と隊長が間に入った。
 隊長は少女の手首に手刀を下ろす。カラン、と少女が手にしていた短剣が滑り落ちていった。俺は、隊長が手刀をかました瞬間、少女を小脇に抱える。少女は空中で泳ぐように手足をばたつかせた。

「大人しくしてろ。肩に担がれるよりはマシだろ」

 暴れまわる少女に声をかけるが、効果はない。ま、当たり前か。暗殺を企てるくらいだ。大人しくしているはずもない。
 可愛い顔で、するどい瞳で、暗い表情で、“離せ”と繰り返す少女は、何を思っているんだろうか。こんな場所で、あんなちっちゃな刃物で、この体で……。
 ユーリの身をあんじて、意味不明な発言をするギュンター閣下と、冷静な隊長のやりとりを見ながら、そんなことを考えていた。

「ギーゼラを寄越すように言ってくれ。ティアはその子の見張りを」

「了解」

 隊長の言葉に兵士が走り出す。俺も少女を抱えたまま、その場を後にした。


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