丸魔学園

□saint valentine's day
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 今年のバレンタインは日曜日だ。本命の相手と一緒に暮らしている私にとっては、他の子たちよりも数歩リードしている。それを理解してはいても、やっぱり嫉妬はする訳で……。

 バレンタイン間近の金曜日。昼休みに訪れた体育教官室のヨザの席に積まれたチョコの山を見て、私は盛大にため息をついた。いつもなら教材のテキストくらいしか置いていないヨザの机。それが今では他に何も置けない状態だ。まるで、漫画の世界。机の脇にはチョコの詰まった紙袋。こういう形で自分の彼氏がモテることを再確認するのは、さすがにヘコむ。

 私はヨザがいないことを確認して、そのチョコの山のてっぺんに、準備しておいたチョコを乗せる。ラッピングも何もない、市販そのままのカカオ99%の板チョコは、綺麗にラッピングされた色とりどりの箱の中で異彩を放っている。その状態に満足した私は、自然と頬が緩むのを自覚しながら、その部屋を後にした。

* * * * *

 放課後は友チョコ・感謝チョコ配りに奔走した。もちろん、きちんとラッピングされた、市販のものだ。間違ってもヨザのヤツみたいなことはない。

 配り終えるとヨザの所に顔を出すことはせず、真っ直ぐ家に帰った。



「たぁだいまぁ〜」

 ちょうどお腹がすいてきた頃にヨザが帰って来た。パタパタと出迎える為に玄関へ向かう。

「おかえり、ヨザ。お腹すいた」

 ヨザからカバンを受け取ってそう告げると、ヨザにぐしゃぐしゃと頭をかき回された。あれ? そう言えばヨザの荷物はこのカバンだけだ。あのチョコの山は今年も喫茶SHINMAに引き取ってもらったんだろう。

「仕事から帰って来たばかりのダンナに労いの言葉はねぇのかぁ?」

「……私にダンナはいないもん。でも……そっか。今日はいっぱい気疲れしちゃったんだね。バレンタイン近いから」

 グッと背伸びして腕を伸ばし、ヨザの頭を撫でる。子供をあやす様なそれに、ヨザは大きくため息をついた。

「今年も新月の以外は全部ダッキーちゃんに引き取ってもらったさ」

 リビングに向かう私からカバンを奪い、一枚の板チョコを取り出す。

「このインパクトの強いチョコ、新月だろ? このチョコの意図を聞かせてもらいたい」

 私からだと示すものは何もなかったはずなのに、私からだと悟ってくれたヨザに驚いた。私からって気付いたんだーと前置いてから、あの嫌がらせチョコの説明を始めた。

「だってさー、私手作りなんて出来ないし、普通に渡しても目立たないし……。ほら、こくしょーサンも言ってるでしょ? “とっておきの甘いチョコレート あなたにあげてみても目立ちはしない”って。とりあえず目立たせたかったんだよねー」

「確かに目立ってたが……。そのこくしょーサン的には、最後の手段に出るんじゃないのか? こっちはただのリアクション狙いで、ちゃんと“最後の手段”で決めてくれるよな?」

 私の説明にヨザはニヤリと笑う。“最後の手段”に少なからず期待しているようだ。

「……そんなシナリオ通りじゃつまんないでしょ。だから今年はリキュールにしてみましたー」

 じゃーん、という効果音を付けてチョコの代わりに準備していたアルコールを出した。ヨザの期待している最後の手段には気付かない振りだ。


「……ロゾー……リ、オ?」

 ちょっと拗ねた風なヨザがラベルを読む。

「うん。ちょっとヨザとイメージ合わないんだけど……薔薇の色と香りが楽しめる、イタリアで最古のリキュール何だって。ロマンチックな逸話があるんだー」

 その拗ねた表情が可愛いと思いながら、聖バレンタインの薔薇伝説を聞かせた。

 聖バレンタインが、愛情に満ち溢れた表情で(どんな表情なんだろう?)、ケンカばかりを繰り返す若い男女に仲直りする様に、と渡した一本の赤い薔薇。その表情と薔薇がケンカを終息させ、若い男女は結婚した、と。その伝説にちなんで作られたのがロゾーリオ。薔薇をふんだんに使ったリキュールだ。

「調べものしてて、その伝説とリキュールを知ってね。ロマンチックだなーと思ったから今年はこれにしたんだ。カカオ99%の口直しに、ね」

「……新月の好きそうな話だな。恋人の為の酒ってか? 食後に開けようぜ。付き合ってくれるだろ? ありがとな、新月」

 フワリと笑うヨザの笑顔は絶対に聖バレンタインさんも敵うまい。
 私だけに見せてくれる、とっておきのヨザの笑顔は、私の一番大切なもの。その顔が見られるのなら、私は何だってするよ?

「――大好きだよ、ヨザ」

 チュ、とヨザの頬に口付けた。
 二日ほど早い、バレンタイン・キッス、ってことで。

 Happy valentine!


end

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