丸魔学園

□saint valentine's day
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「今年はどうやってお菓子メーカーの陰謀に乗ろうか……」

 デパートのバレンタインコーナーをグルグルと回りながら一人ごちた。
 去年は市販のものをラッピングし直して渡したっけ。せめてヨザには手の込んだものを渡したいんだけどなぁ……。
 私は一人、目前に迫った“決戦日”に頭を悩ませていた。

「あら、天空さんじゃない」

 不意にかけられた声に振り返ると我が学園の癒しの天使、ギーゼラ先生が笑顔で手を振っていた。

「こんにちは、ギーゼラ先生。先生もチョコ見に来たんですか?」
「えぇ、今年は手作りにしてみようかな、って思って」

 ギーゼラ先生はそう言って手に持っていた買い物袋を示した。

「手作りかぁ。やっぱり手作りってポイント高いですよね……」

 はぁ、とため息をつくと、私の料理の腕を知るギーゼラ先生はクスクスと笑う。

「もし決めかねているのなら一緒にどうかしら? もちろん、私も手伝うし、ね?」

ニッコリと微笑まれると、私にも出来そうな気がしてくるから不思議だ。思わず“お願いします”なんて言っちゃったよ。まぁ多分無理だろうけど、上手くいけば儲けもんっ! ってことで、やってみよう。一人なら100%無理でも、ギーゼラ先生という心強い先生がいるのだし……。
 そして私はギーゼラ先生のアドバイスの下買い物を済ませ、ギーゼラ先生のお家へと向かった。

+++++

 ギーゼラ先生は私の料理の才を知っている。だからこそ、料理っポイ工程を極端に省いた“クッキーのチョコがけ”を選んでくれた。ただチョコを溶かして市販のプレーンクッキーに絡ませるだけの。……それなのに、私はその好意を思いっきり裏切っていた。

「ギーゼラ先生がやってるのを見てたら簡単そうに見えるのになぁ……」
「いや、簡単なんだけどね。天空さんの腕がここまでだとは正直思わなかったわ。それもある意味才能よね……」

 小さく呟くギーゼラ先生の言葉に、すみませんと苦笑した。
 結局、何とか形になったのは精々一人分。それも見た目はかなり汚い。味は……市販品だから悪くはないだろうけど、それでも化学反応とか起こしてそう。やっぱり私には無理だったか。
 はぁ、と大きくため息をついてから、ギーゼラ先生に向き直る。

「今日はありがとうございました。今年も市販品にしておきます。こんな簡単なことも出来なくてごめんなさい」

 あまりの情けなさに涙も出ない。勢いよく頭を下げて、ニヘラッ、と笑う。そんな私に、ギーゼラ先生は優しい言葉をくれた。

「来年の為に、これから少しずつ頑張りましょう?」

+++++

 バレンタイン当日。みんなには学校で市販チョコを配ってきた。残るは、ヨザのみ。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 二つの包みを前に、私は深い長いため息をついた。一つはみんなよりちょっとだけ豪華な市販チョコ。そしてもう一つは、この前ギーゼラ先生の指導の下作った、クッキーのチョコがけの出来損ない。どっちを渡そうかと頭を悩ませる。
 ……手作りの方が確かにポイントは高いかもしれない。でもそれはきちんと出来上がっていれば、の話だ。こんな失敗作なんて渡せば、ポイントアップどころかダウンもいいところだ。悪ければ見限られてしまうかもしれない。それは……嫌だ。そんな可能性のあるものを渡せるはずがない!! 去年も市販チョコだったんだし、ヨザは私が料理できないことを知ってる。だからやっぱり、今年も市販チョコにしておこう。
 そう決心した後、残る包みを処分……するのは勿体無いのであとで自分で食べようと手を伸ばした。でも、その手が包みに触れる前に上からヒョイ、と取り上げられる。驚いて振り向くと、そこにはヨザの姿が。手には手作りの方の包み。

「お……お帰り、ヨザ。えっと……それ、返して頂けマスカ?」

 引きつる笑顔で問う。もちろん、奪還しようとヨザに飛び掛ってはいるのだけど……。これがむかつく事に、包みを頭上高くに上げて、返してもらえない。ピョンピョン飛んでみても、楽しそうに笑みを浮かべるだけだ。

「俺のために準備しといてくれたんだろ?」
「こっちは、ね!! そっちは違う!! 私のだっ!!」
「俺はこっちがいい。……そっちも貰うけど。俺のために、苦手な料理してまで作ってくれたんだろ? すっげぇ嬉しい」

 満開の笑顔でそう言われると、私からは何も言えなくなってしまうじゃないか。ヨザには敵わないな、とチョコ奪還を諦めた。そんな私の頭を、ヨザはわしゃわしゃとかきまわす。そして気が済んだのか、キレイに包みを開け、クッキーを口へと放り込む。
 ……どうしよう、食べちゃったよ!? そのまますぐにトイレに駆け込む、っていうことにはならないよね!? ……ヨザの反応が、怖い。
 ヨザの服の裾を強く握り、ギュ、と目を閉じて俯く。咀嚼する音が、妙に耳に響いた。

「まぁ、確かに見た目はアレだが、美味いぜ?」

 私の不安を拭うように優しく笑うヨザ。その表情を見上げると、不思議と落ち着いてくる。

「ヨザが作った方が、美味しく出来るよ。それに……見た目って大事だもん」
「――でも、中身の方がもっと大事だ。このクッキーには新月の気持ちがすっげーこもってる。それを感じられる俺は、幸せ者なの。だから、嬉しいんだ、新月の気持ちが」

 思わず涙が溢れた。自分が情けなくて、不甲斐なくて。ヨザの優しさに触れて、嬉しくて。

「ご……めん、ヨザ……。ありが……と……ふぅっ……」

 ギュッ、と抱き寄せられる。私もヨザの背に腕を回して強く、強く抱きしめた。

「好き……大好き、だよ……ヨザック」
「ありがと、新月。俺もお前のことが大好きだ。愛してる、天空」

 耳元で響くハスキーボイスが、私の涙腺をさらに緩めた。
 触れ合うその全てから、私の気持ちが伝わればいいのに。私にはヨザしかいないんだって。そしたらもっともっと愛し合えるのに。
 ねぇ、ヨザ。私の気持ち、どのくらい伝わってるのかな? でもね、多分その倍以上は想ってるよ。だからもっと、私を感じて。ヨザの傍にいさせて。言葉でも、手作りのお菓子でも伝えられない想いは、こうやって伝えていくから――。

「愛してる」



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