* * 序章 * *
「…………」
ここ連日、びっくりする位猛暑が続いている。この暑さのせいで元々体力のない官吏はパタパタと倒れていった。それはどの部署も同じなのだが、この戸部ではかなりの非常事態だった。少数鋭勢の戸部で、他部署と同程度人が倒れたら、残る官吏は極僅か。今までも一人一人の負担は大きかったが、さらに凄い量になっている。うだる様な暑さも手伝って、気が遠のくのは不可抗力だ。
「星瞬、手が止まっている」
「……この暑さで脳みそ溶けちゃうよ。ドバ〜って流れ出ちゃうよ。何で鳳珠は仮面かぶってていつも以上の仕事を片付けられる訳? 溶けない?」
持っていた筆を置き卓子に突っ伏す。そんな僕に柚梨さんが冷茶を出してくれた。
「星瞬が溶けてしまうと困るので、これでも飲んで元気出して下さい」
そう言う柚梨さんも、額に汗を浮かべながらいつもの爽やかな笑みを崩さず、大量の書簡を片付けていた。
「柚梨でも倒れずに筆を進めているというのに、体力のあるお前がそれでどうする」
動く手はそのままで、視線も向けられず、言葉だけがグサグサ刺さる。僕は気まずさをごまかす様に、柚梨さんに淹れて貰った冷茶を一気に仰いだ。
「そういえば星瞬。女人受験導入を考えているらしいな」
鳳珠が手を止めて、視線も向けて問う。思わぬ問いに、口に含んでいた水分を吹き出してしまった。鳳珠の視線に呆れた感情が混ざった。
「この間、朝議であの馬鹿が言っていた。今年の国試から、とな」
「何やってんだ、あの馬鹿は。ぶっちゃけるにも程がある。更に山が険しくなった……」
心なしか頭痛がする。もみもみとこめかみを揉みほぐしながら、この案を通すための道筋を思う。
「寝言は寝て言え。お前まで馬鹿になるなよ」
はぁ、と大きなため息をつく。僕も、鳳珠も。
「でも僕たちは今年中にその案を通す。絶対に。もちろん、完全否定の戸部尚書の首を縦に振らせて、ね。ちょっと席外す。主上宛ての書簡があれば持って行くよ」
そう鳳珠に宣戦布告した後、主上に説教をする為、彼の執務室へと向かった。
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