「星瞬、おめでとう。君は今日付けで主上付きとなった。大出世だ」
いつもの如く、戸部尚書室へと遊びに来ていた黎深が書類に目を通していた僕に、抑揚のない声で告げた。
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。その為、今まで動かしていた手も頭も完全に止まってしまう。
「……今、何と仰いました? 吏部尚書」
「だから、今日付けで君は主上付きとなった。ちなみに絳攸とあの藍家の小僧も、だ」
「何だってそんな話になってるんですか!? 紅尚書!!」
「あのタヌキじじいの命だ。私にはどうすることも出来ない。それよりもその言葉遣い、いい加減に止めろ」
僕の話し方にイライラを貯めた黎深が頬を膨らませた。
「いくらタヌキじじいの命だとは言っても、何故黎深が素直にそれに従ってるんだよ!? 黎深らしくない!!」
「私だって反対したさ。だがこの私が押し切られてしまったんだ、仕方ないだろう!?」
二人で肩を震わせながら言い争う。同じ部屋で執務をこなす鳳珠がシビれを切らすまでにそう時間はかからないだろうな、と思いながらも、僕は黎深と向き合っていた。
「そもそも星瞬はあの洟垂れ小僧の為に官吏になったのだろう?」
そう言われると、何も言えなくなる。確かに僕が官吏になった理由の大部分を“現国王の力となる為”が占めている。だが問題はその国王で、何を考えているのか、即位してから全く政事に関わろうとしない。そんな状態でどう力になるというのか……。
だが、確かにこのまま見て見ぬ振りを続けていく訳にはいかない。どうせ誰かが主上の根性を叩き直さなきゃいけないんだ。僕にどれ程のことが出来るか分からないが……。
「……分かった。黎深の言うとおり、僕は今の主上の力になる為に官吏になったんだ。何もしないよりは……何かしてから支えになるなり、見切りを付ければいいこと。幸い、コウもシュウも一緒みたいだし……」
一度言葉を区切って黎深へと視線を向ける。そして上官者へと向ける跪拝をとる。
「謹んでお受け致します」
黎深は、自分で出した辞令に本当に不満な様で、頬を膨らませている。そんな姿を見るとつい、可愛いと思ってしまうのは内緒だ。
「ごめんね、鳳珠。何の相談もしないで決めちゃって……」
「いや、最初に何の断りもなく決めたのは黎深だ。星瞬は自分がしたいようにすればいい。ただ……何かあったら何でも言え。無茶はするな。いいな?」
鳳珠は今まで動かしていた手を止めて、こちらへと視線を向ける。
仮面をしているので定かではないが、きっと困ったような表情をしているのだろう。心配をかけていることに罪悪感が生まれた。
「ん。気をつけます」
「星瞬!! あの洟垂れ小僧に何かされたら即刻言うように!! もし何かあったら抹殺してくれる!!」
かなり本気な黎深には、何かあっても何も言わないほうが平和なのかもしれない。敵意を向けられている主上と、こんな黎深と“お友達”を続けられている鳳珠に少しだけ同情して、思わず苦笑してしまう。
「ありがと、黎深。気持ちだけ貰っとくよ」
僕のことを思ってくれる黎深と鳳珠の気持ちがとても嬉しかった。