白と黒

□#3
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「魔王陛下が無銭飲食!? それ絶対ユーリじゃねーし!」

 上司であり兄である人物に呼び出された執務室で聞いた噂を、俺はバッサリと切り捨てた。

「第一、ユーリは今地球にいるはずだろ? 眞王からもこっちに来る連絡は貰ってねぇーし……。何でソレが魔王だと?」

 ユーリのそっくりサンなんかいたら大騒ぎだ。……双黒だし。ユーリ、というよりも魔王が誰かと間違えられているんだろう。
 ……あれ? なんかこの話の展開覚えがあるぞ?

「念の為魔王を呼び出す手はずになっている。だが万が一を考えこれから私はスヴェレラへ向かう。その同行をお前にも頼みたい」

 ……原作三本目突入か。

「何故わざわざ兄貴が出るんだ? 俺やヨザみたいな諜報員を向かわせるならわかるよ? でも焦って兄貴が動く状況なのか?」

 “何も知らない”俺なら、こう問うはずだ。真っ直ぐに兄貴の顔を見て、俺が知る答えを導き出す。

「捕らえられた魔王が魔笛を所持していたらしい。諜報としてはすでにグリエを向かわせている」

 つまり、魔笛探索中の俺らの親戚・グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーが絡んでいる、と。
 ヒューブの存在を思い出したとき、一瞬全身の血がざわめいた。あの戦争でコンラッドやヨザたちを窮地へと追いやるきっかけを作った……。

「諜報としてじゃなく、兄貴の隊にくっついて行くってのは、俺が一人で暴走しない為?」

 もし一人でヒューブと出くわしたら、俺は自分を抑える自信がない。ユーリが許すと知っていても……せめて一発殴らなきゃ気が済まない。それでスッキリすればいいが、下手をすれば殺しても許せないかもしれない。
 兄貴は多分、そんな俺の心境をわかってるから、同行という形を取ってくれたのだろう。
 諜報に向かわせて暴走させるよりも、留守番させて怒りや憤りを募らせるよりも、同行させて適度に発散させる方法を。
 俺の問いに、兄貴はどう答えようか、と眉間にシワを寄せる。その気遣いが嬉しくて、俺は笑顔を向けた。

「気ィ使わせちゃったみたいでごめんね。ありがと」

 そして、承諾の意を示した。
こうやって心配してくれる兄貴の為にも、なるべく問題を起こさない様に気を付けよう、そう強く思った。


* * * * *


「兄貴! すぐ追いつくから先行ってて!」

 国境・カーベルニコフ地方へと差し掛かったとき、ふとある約束を思い出して声を上げる。
 説明したら絶対反対されるとわかっているので返事を待たずにさっさと進路を変えて目的地へと向かった。

「おい! ティアラ!?」

 兄貴の怒声には聞こえない振りをして。



「アーニシーナちゃ〜ん、入るよ〜?」

 カーベルニコフ城の完全防音の実験室の扉を開け、大声で叫ぶ。何度目かの呼びかけで奥からアニシナちゃんが顔を覗かせた。

「何ですか、騒々しい……おや、ティアラではありませんか。お久しぶりですね」

 燃えるような真っ赤な髪を高い位置で結い上げた小柄な女性は、目をつりあげて言う。
 手には試験官とフラスコ。丁度実験(開発?)途中だったようだ。

「ごめんね。忙しかったかな? 前に言われてた改良品取りに来たんだけど……」

 出直した方がいいならそうするよ? そう続ける俺に、アニシナちゃんは手に持っていた器具を置き、“あぁ、そうでした”と棚をガサゴソと探り出した。
 今日、アニシナちゃんの所に来た目的は魔動装置の改良品。以前もにたあをした“魔法のリボン”の改良品が出来た、ということで取りに来るよう仰せつかっていたのだ。

「ありましたよ、ティア。“魔族も安心! 法術にまみれた地でもユイとヒロシも楽しめるん♪”略して魔法の結紐です」

 ネコ型ロボット的効果音と共にアニシナちゃんの発明品が差し出される。

「両端についたこの魔石! この部分に魔力を貯めておくことで前回のリボン以上に法術に対する力は強くなっています。そして貴方から指摘のあった見た目ですね。こちらはリボンを結紐にすることでグウェンダルでも周囲を気にすることなく使用できます! さぁ、早速実験に参加なさい!」

 その発明品はアニシナちゃんの瞳と同じスカイブルー。長さ六十センチ程の紐の両端に雫型の小さな石。乙女ちっくな外容は相変わらずな気もするが、以前の真っ赤なリボンを考えると、だいぶマシだろう。
 俺は結紐を受け取り、自分の髪に巻きつけていく。前回のリボンは見た目が見た目だっただけに、男の俺が使うのは抵抗があった。だが、飾り(魔石)は付いてるものの、シンプルな作りなので使いやすいのは確かだ。これは効果にも期待できそうだ、と思った。

「じゃ、俺もう行くわ。忙しいのに邪魔しちゃってごめんね。手が空いたらで構わないから、デンシャムにもよろしく言っといて!」

「えぇ、わかりました。恐らくそんな機会はないでしょうが、覚えておきましょう。では、もにたあよろしくお願いしますね、ティア」

 俺はアニシナちゃんの見送りの言葉に手を振って応え、実験室を後にした。



「あれ? ティア? おーい!!」

 おもいっきり廊下を疾走していると、俺を呼ぶ声に気付く。振り返ると大きく手を振る魔王陛下、とコンラッドとヴォルフ。

「やっぱりティアだ!! これからグウェンの所に行くんだろ? 俺も連れてってよ!」

 陛下はいつもの無邪気な笑顔を向ける。
 ――嫌な予感はしてたんだ。ユーリは外に出る気満々の外装だったから。
 ……そういえば兄貴はユーリを呼び戻すって言ってたし、原作ではカーベルニコフ城に召喚されていたじゃないか。ウッカリ鉢合わせする可能性を失念していたなんて俺らしくないっ!

「断る。何が起こるかわかんねぇし、俺が兄貴に怒られ……」

 原作のユーリの身に起こる危険を考えれば連れていく訳にはいかない。そして仮に連れて行っても兄貴の雷が俺に落ちるのは目に見えている。俺自身もそんな危険を冒したくない。そう思って断ったのに、俺の言葉を遮ってユーリが続ける。

「じゃ勝手についていく。それならティアはグウェンに怒られなくて済むだろ? でもその道中で俺の身に何かあったら、俺の護衛係であるティアの責任。だよな?」

「そうですね。もし魔王陛下に何かあれば、グウェンに怒られるどころでは済まないでしょう。護衛としても諜報員としても優秀な人材を手放さなければならないのは……非常に困りますね」

 ユーリが同意を求めた相手、コンラッドがわざとらしく顔を歪ませた。

「……それは魔王命令、か?」

「俺としては“お願い”だけど、ティアが案内してくれるならそれでいーよ。さ、どっちにする? 俺に何かあるのと、グウェンに怒られるの」

 頭を抱える俺に、ニヤリと笑うユーリ。ユーリのこういう所って、絶対コンラッドが影響を与えているな。

「あ〜もう! わかったよ。案内すりゃいーんだろ!? そんかし、少しはフォローしてくれよ!! あの兄貴がキレたらマジで怖いんだからなっ!!」

 ビシッと指を差して宣言した後、クルリと体を回転させて足早に歩き出した。
 強制的に血盟城へ戻すことは可能だろう。だが、物語は進めなきゃならない。ユーリがスヴェレラへ行かなければ今後の原作が大きく狂ってくる。それは出来れば避けたいので、大人しく状況を受け入れることにした。


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