□闇夜に狐
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ヤレヤレ、と。

東城は刀をひとふりして血と脂を払い、鞘に収めた。

「北大路、北大路」

男を跨いで、東城は同じく母屋の番をしていた北大路を呼んだ。

ほどなくして北大路が現れる。

相も変わらず、傲慢な出立ちだと、東城は少しだけ眉をひそめた。

それに気づかない振りをして、北大路は口を開く。

「如何しました?」

「察しはついてるでしょう。賊ですよ。
門の周辺が酷くやられたようです。
後の二人を起こして、片づけさせなさい。
血の跡を残させてはダメですよ」

「その男は」

北大路が、東城の抱えている男を指差す。

「ああ、この御仁は私が」

「わかりました」

言って、北大路はきびすを返した。

東城の羽織りと着流しの、肩にから胸の部分にかけて真っ赤な斑尾模様ができているのを、見なかった事にして。

そして、男を片付けた東城は母屋へと帰ってきた所に、声をかけられた。

「汚れているぞ」

「…若」

九兵衛が、先程東城が見張りについていた所と全く同じ所に佇んでいた。

足元に、血溜まりがある。

東城は男を片付けただけで、まだ地面を掃除してはいなかった。

言葉を、失う。

そんな東城に、九兵衛はまた同じ言葉をかける。

「汚れているぞ」

「…ちと、アレンジしただけです」

どうにか言葉を発した東城だが、九兵衛に気づかれていた事の悔しさとやるせなさに声を震わせた。

「そうか…アレンジメントか」

「そうです」

九兵衛に、気づかれたくなかった。

九兵衛は女。

本当は誰よりも繊細で、誰よりも優しい彼女に、人の死を。

東城は見せたくなかった。

ましてや、いくら九兵衛を護るためとは言え自分が人を殺めているところなど。

黙りこくる東城に、九兵衛はまた声をかける。

「東城」

「……はい」

「無事で、よかった」

「……っ!!」

驚いて、東城は顔を上げて九兵衛の目をまじまじと見た。

薄く微笑んだ九兵衛は、ただ美しかった。

九兵衛の薄桃色の唇がゆっくりと言葉を紡いでいく。

「東城、笑え」

東城は主人の命にしたがって、にっと。

唇の端を持ち上げた。

「狐みたいだな」

「それは、誉めていらっしゃるので?」

分かりかねて東城は、九兵衛に問う。

「狐は、ずる賢い」

「…はぁ」

「でも僕は、狐の毛色と瞳の色が好きだぞ。
何より、可愛いしな」

「…若?」

組んでいた腕を解き、九兵衛は東城に近づいて、羽織に触れる。

「若!!いけません!!」

すかさず飛び退いた東城の目を見据え、九兵衛は言った。

「だから、笑え、東城。
そんな顔、するな」

どんな顔をしていたのかはわからないが、九兵衛の言葉に、東城ははっとなる。

そして、また。

いつものように笑うのだ。

目を細め、唇の端を持ち上げて。

にぃ、と。

ぼんやりと。

月霞が狐を照らす。




終わり。
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