□泣きたいだけなのさ
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東城がその場に居合わせたのは偶然だった。

街へ使いに出かけた帰り、ふと近くが騒がしいと感じた。

女性とおぼしき声が2つと、多数の男の声。

これは何かマズいと踏んだ東城は声のするほうへと急いだ。

すると、何という事だろうか。

そこには東城の主、柳生九兵衛と、その親友の志村妙がいた。

周りを囲っているのは、腰に真剣を携えた浪士たちのようで、九兵衛は普段腰に差している刀を持っていなかった。

ひとりの男が、妙に斬りかかろうとし、九兵衛はとっさに妙に飛び被さった。

刀がもたらすだろう衝撃を目を瞑って待っていた九兵衛だが、一向に訪れない痛みを不思議に思い、顔を上げた。

と、同時にドサ、ドサと人が倒れるような音がして。

九兵衛は自分たちが助かったのだと知り、安堵のため息をついた。

ありがとう、と礼を告げようと口を開きかけた九兵衛はしかし、そこにいた東城の左側の額から頬にかけてまでの傷を目にして絶句した。

「若、妙殿、ご無事ですか?」

額から流れる血液を片手で拭い、東城は九兵衛に手を差し伸べた。

だが、九兵衛は東城の顔から流れる赤い液体をじっと見つめるばかりで。

ぽたり、ぽたりと。

東城の血が地面に歪な模様を描くまで彼の手をとらなかった。



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