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□足袋を恨む
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チクリ、チクリと痛む足に、九兵衛は眉根をよせる。
二週間ほど前、足に違和感を感じた彼女だが、痛みもせず、何の支障も無かったので放っておいた。
だが、日が経つにつれ、違和感は募っていく。
何より、少し邪魔なのだ。
足袋を履くときに、引っかかる。
不思議に思った九兵衛は座り込んで足の裏を覗き込んでみた。
親指の、皮が柔らかい所に、白っぽく硬いでっぱりができていた。
世に言う、タコである。
げんなりと、肩を落とす。
日々厳しい鍛錬を行い、酷使している足についにガタがきたのかと、九兵衛は諦めにも似た気持ちがこみ上げる。
放っておいても、何も無いし、医者に行くまでも無いと思った彼女は、足袋を履いて鍛錬をしに道場へと向かった。
だが、日が経ってみれば、段々と痛みが出てくる上に、異物感まで出てくる始末だ。
門下生と打ち合いをしていたときに、前のめりになった九兵衛は、つい、タコのできている足に力をかけてしまった。
クリーンヒットと言うべきか。
結果的にタコを押しつぶした九兵衛は、あまりの痛みにその場に転んでしまった。
一緒に稽古をしていた東城がそれを見て黙っている筈がない。
すぐさま九兵衛の元へと駆けつけた。
「若!お怪我はありませんか?」
「平気だ」
差し伸べられる東城の手を軽く払い、九兵衛は答えた。
「しかし…」
東城は言いよどむ。
彼はストーカーだ。
九兵衛の事をいつでも見守っている。
そんな東城が、歩いている九兵衛の表情が時たま歪むのを見逃すワケがないのだ。
ぶっとばされるのを覚悟で、東城は九兵衛に言う。
「…若、足を見せてください」
「…」
聞いて、九兵衛は何も言わずに東城に背を向けて道場を出て行った。
「若!!」
慌てて、東城は九兵衛の後を追う。
廊下の角を一つ曲がり。
また、曲がって、真っ直ぐ行って。
九兵衛が早足になっていくものだから、東城の足も早くなる。
ととと、と九兵衛が小走りになれば、東城も小走りになった。
「若」
「付いてこれるか?」
ふと、振り返った九兵衛が不適に笑い、走り出した。
その表情に魅せられ、東城は一瞬動きを失う。
が、すぐに正気に戻って走り出した。
「若、お待ち下さい、若!」
だが、流石は柳生家の跡取り。
直ぐに九兵衛は見えなくなってしまった。
だが、諦める東城では無い。
全速力で九兵衛の後を追う。
と、角をまがった少し先に、九兵衛が廊下の縁側から足をぶらぶらさせて座っていた。
「遅かったな」
「若が、速すぎる…のです」
息を切らせながら言う東城を鼻で笑って、九兵衛は足袋に手をかけた。
そして、ゆっくりとそれを脱いでいく。
ぎょっとした東城。
「わわわわわ、若?!」
「足を見せろと言ったのはお前だろう」
相も変わらずおかしな奴だ、と九兵衛は脱いだ足袋を放って東城へと足を向けた。
「…若、これ、いつからできてました?」
しゃがんだ東城は九兵衛の足のタコを見て、呆れがちに訊ねた。
結構、デカいタコであった。
「さぁ…違和感を感じたのは二週間位前だったか……」
失礼します、と東城は九兵衛の足に触れる。
振り払われなかった。
その事に、驚きながらもしっかりと九兵衛の足を手で覆って持つ。
九兵衛の足は、すっぽりと東城の手に収まってしまった。
「可愛らしい足ですね…」
足を高く上げて、患部をよく見る。
「こんなに可愛らしい足なのに、タコは勿体ないですぞ」
「武士の定めだ」
「…若は」
足を話して、東城は九兵衛の目をしっかりと見た。
「女の子ですぞ」
真剣なその目に、かぁっと。
九兵衛の顔に熱が集まる。
「……っ」
ふぃ、とそっぽを向いた九兵衛に、東城は苦笑して、放られた足袋を拾いに腰を上げた。
戻ってきて、九兵衛の足に履かせる。
されるがままの九兵衛に、優しく東城は語りかけた。
「若、明日病院へ行ってタコを焼いてもらいましょう」
九兵衛はなにも言わない。
「痛いですが、若の可愛らしい足にタコがあるなんて、私にはとても…」
やっとこちらを向いた九兵衛に、東城は微笑む。
「大きいですから、一回の治療では治らないですけど、時間をかけて」
「……わかった」
ほっとしたように、東城はへらりと笑った。
「治ったら…」
「はい?」
「治ったら、僕に合う厚底の下駄を選ぶのに付き合ってくれないか」
九兵衛から発せられた言葉に、東城は固まってしまった。
「お妙ちゃんと、可愛い格好をして買い物をしにいく約束をしたんだ。
僕ひとりじゃよく分からなくて…」
だから、ついて来い。
阿呆の様に首を上下に振る東城を見て、九兵衛は声をあげて笑った。
「服は…私が用意したのを」
「ゴスロリは嫌だ」
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