□闇夜に狐
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ぼんやりと。

ただ、ぼんやりとしか月の光が分からない夜だった。

季節は秋の初め頃で、肌寒い日で。

うっすらとはった雲が月にかぶさり、美しい、夜であった。

柳生家の屋敷では静かに殺戮が繰り広げられていた。

賊の男が一人、静かに柳生家の門をよじ登り、見張りをなぎ倒した。

何かが落ちるような音を、護衛の者が聞きつけ、やってきたところをまた。

男は薙いだ。

男の目的は、柳生家当主の息子、九兵衛の殺害。

天人にいいように扱われている幕府に仕えている柳生家が気に入らなかった。

勿論、幕府への見せしめである。

ただ、ドサリと。

ドサリと音がしていく。

音が、一つ増えていく。

また、一つ、二つ。

男が通った道には、物を言わない屍と化した見張りや、護衛の者たちが累々と。

ただ累々と倒れている。

ふと男が顔を上げると、数尺先に母屋だと思われる立派な建物が佇んでいた。

その柱に寄りかかり、目をつむっている人物もまた、佇んでいた。

俯いている所から、どうやらそいつは寝ているらしい。

髪の毛長さから、女性だと思われた。

ニヤリ、と男は口の端を持ち上げた。
柳生は、女も護衛に使うらしい。

えげつない笑みで、男はそいつに近寄っていく。

手を、伸ばせばそいつに届くかというところで、男の喉仏に尖った、そして冷たい物が当たった。

驚いて固まった男に、そいつは顔を向けて言った。

「もし。此処から先へは何をしに?」

女性だと思っていたそいつの声は、澄んでいたが、男のものであった。

「此処から先へは、何をしに?」

淡々と、そいつはもう一度言った。

そこで、男はそいつの正体に思い当たった。

誰かから聞いた。

そいつは、柳生家の四天王の一人。

そいつは、四天王最強の男。

そして、そいつは。

「答えられないのなら私が代わりに言って差し上げましょう。
此処へは、若を葬りに来たのですよね?」

確認するように問うそいつは。

「先程の、音。
かなりの者を可愛がって下さったようで。
後始末と補充が大変なのに…若が気づかないようにするのは骨が折れるんですがね」

さ、と男は閃光が視界の端から端までを駆けていくのを見た。

続いて、赤。

赤、赤、アカ、あか。

そいつは、飴色の髪と、ほそぉい目を持っている、狐みたいな男だ。

東城歩。

主人である柳生九兵衛のためなら平気で人を殺す男だ。

温厚な言葉遣いと綺麗な見た目に騙されんなよ。

顔だけじゃなくて性格まで狐みてぇな野郎なんだから。

気いつけろ。

ーー嗚呼、本当に狐みたいな顔してるなぁ。

と、誰かから聞いた忠告をすっかり忘れていた男が、もう何もわからなくなる前に見た物は。

夜風に靡く飴色の髪と、うっすらと開いた瞼の奥に見える鋭い緑の眼光だった。


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