ゆめみ。

□星屑蜃気楼
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微風がほんの少し髪を撫でて通り過ぎていく。昼間の焼けつくような暑さは夜には存在しない。
冷え込むとは言わない程度。だけどオレとバクラは寄り添って座り、バクラの大きな手がオレの髪を不器用に撫でる。

「…オレはお姫様にはなれないよ。」

ぽつり、そう呟く。
同時にバクラの手の動きも止まる。
息を一息吸い込み、そっと目を閉じる。薄暗かった視界が漆黒に塗りつぶされる。

「オレはお姫様になれない。」

言い聞かせるようにまた繰り返す。昔のことだ。バクラは「王」になるといった。ならオレは姫だ、と笑ったのはもう何時の頃だったか。
今思うとなんて滑稽だったんだろう。オレなんかがなれるはずもなかったのに。
だってオレは玉のように綺麗な肌も、滑るような絹の髪も持っていない。
それに、オレは、男だ。最初から無理だったんだ、そんな叶うわけのない望みなんて。

「なれる。」

そんなオレの考えを打ち切るようにバクラが低く呟く。

「オレが、お前の望みを叶えてやる。」

絞り出すような声に思わず口元が緩む。

「何だかバクラに言われると本当にそうなれそうな気になってくる。」

投げ出したようなバクラの足を枕にしてバクラを見上げる。
鍛え上げられた体は引き締まっていて硬くて、それでもいつも寝そべって眠る堅い地面とは違い温かく、落ち着く。

「バクラ…綺麗。」

オレの顔を見下ろすバクラの後ろではバクラが奪ってくる宝石のような星が沢山瞬いていて、それがバクラを引き立てて思わず言葉が漏れた。

「馬鹿か。」

吐き捨てるようにそうバクラが返す。
それが何だか可笑しくて笑みを零す。

「何が笑えんだよ。」
「だって、バクラ、泣きそうな顔してそんなこと言うから。」

クスクスと笑いながらそういうとまたバクラは顔を歪ませて馬鹿が…と呟いた。
腹から生まれる重く響くような痛みは絡み付いて止まることを知らない。そこから生暖かいものが止めどなく流れ出ていることも知っている。
もう長くはもたないのも知っている。バクラも知っている。
まだまだ知らないことばっかりなのにこんなことばかり知ってしまうのは何だか不公平だと思いながらバクラの大きな手を握る。熱い。

「バクラは…この大きくて熱い手で全てを手にするんだね。」

それがオレ達の望んだこと。でも、これからはバクラだけの望みになる。

「馬鹿野郎が…お前も一緒に決まってんだろうがよ…!」

力強くバクラの手が握り返してくる。あぁ、なんてこの手は熱いんだろう。

「オレはお姫様に…なれないんだよ。」

だってこの手はとてもがさついていて黒の髪は砂まみれで、体は傷だらけだ。

「でも…バクラがそういうならオレはバクラのお姫様でいいんだよね?」
「馬鹿言うんじゃねぇ…!当たり前だ、今に玉座にお前を座らせてやる…!」

また、絞り出すような声。ダメだよ、そんな声をこれから王になる人間が出しちゃあ…なんだか、急に眠たくなってきた。いや、違う。眠いんじゃない。

「あっはは…よかった。なぁバクラ。」
「んだよ…」

心なしかバクラの声が遠くなっていくような気がする。

「もし、次があるなら、次も、傍においてくれるか?」
「さっきから何意味わかんねぇことばっかいいやがるんだ…当たり前だ、オレがお前を手放すわけねぇよ…!」

そう、よかった。そう返すかわりに微笑むとバクラの顔がそっと近づいてくる。これは誓いだ。
もしまたこの人の横に並べるその日が来るのなら、オレはこの人の隣に相応しいように背筋を伸ばそう。




だからその日まで。
(与えられたそれはとても熱くて、涙がでた。)





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