ゆめみ。

□そのいたみこそがかれの、
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ガタタッガァン、ガンッガンッガシャッ
壮大な破壊音が部屋の中に響き渡る。
その部屋の中心で暴れ回る男を、オレは部屋の隅に出来る限り小さく縮こまって壁に身を寄せて眺めていることしかできなかった。


もう何時間、いや何十分何分経ったのかわからなかったが、不意にカラカラと乾いた音で陶器の破片がオレの足元に転がってきた。
視線を破片に向ける。
この破片はマリクにオレがプレゼントしたマグカップのだ。
日本に来たばかりで物が少ないというマリクにオレは何かあげようと色々考え悩んだ挙句、
無難に水玉のデザインのマグカップをプレゼントするとマリクは驚きに目を見開いて、
すぐに綺麗な笑顔でありがとう、と零した。
大事にしていてくれたらしく、男が暴れて壊される前に隠していたらしいマグカップは今日、無残にも場所を暴かれ、粉々にされてしまった。


ピタリ、と破壊音が止む。
素足だというのに、ガラスやらプラスチックの破片やらの上をゆっくり平然と歩き、男がオレの目の前に辿りつく。
視線をあげると、男…マリクがオレを無表情に見下ろしていた。

「マリク…」

ポツリとそう呼びかけるとバチィッと鋭い痛みが頬に走り、徐々に鈍く広がり始める。

「…今オレじゃない方の名を呼んだだろう…?」

その痛みに頬を押さえて目を伏せると愉快そうな笑い声がしん、とした部屋に響いた。

「くはは…!痛いか?痛いだろうねぇ…!」


そう言って、何度も何度もオレの体に痛みを走らせる。
容赦なんて、ない。
いつだってそうだ。もう一人のマリクは現れる度に部屋を滅茶苦茶にし、そして最終的には必ずマリクの家に遊びに来たオレを痛めつける。


またも唐突にマリクのオレを殴りつける手が止まる。
どれくらい経ったんだろう。
もうオレには何時間も経ったかのように思えたが、床に転がるひび割れて、でもいまだ動いている時計をみると、まだ十分も経ってはいなかった。

「どうしてだ…?」

ぽつりとマリクがそう呟く。
視界の端にマリクのだらりとぶらさがる腕が見えた。
珍しい。
マリクはいつもオレを殴りつけ終えると満足するのか、すぐにもう一人のマリクと代わるからだ。

「どうしてお前はオレを呼ばない?なんでオレを見ない?なんで主人格ばかり…」

その言葉に反射的に顔をあげる。

「マリク…?」

マリクが、泣きそうな顔をしている気がした。


ああ、何でオレは気づけなかったんだろう。
マリクは、こいつは、まるで子供のようなやつだ。
欲しいものが手に入らなくて癇癪を起こしている子供に似ている。
どうしたらいいのか、わからないんだ。
そうわかると、今まで恐怖しか覚えなかったこのマリクがとても愛おしく、可愛く思えた。


強く食い込むくらい握り締めるその手にそっと触れてみる。
全てを殴りつけていたその手は痛々しく傷ついていた。
ビクッと一度だけマリクの手が震える。
その手を両手でいたわるように、優しく包み込む。

「マリク…」



さあ、どう教えようか。その慣れない感情の表現の仕方を。



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