過去拍手
□21代目〜25代目
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1人でお留守番〜総悟くん28歳の場合〜
「ただいまー」
「あ、お帰りー」
玄関から聞こえた覇気のない声に、神楽はコンロの火を止めてリビングへ向かった。
「お疲れ様アル」
「本っ当疲れたぜィ…明日はやっと休みか…」
スカーフを緩めながらそうぼやく総悟から鞄を受け取ると、神楽はくすくすと笑った。
「サボってばっかのくせに」
「今日は頑張ったんでさァ。だから久しぶりにお帰りなさいのちゅーして」
「もう、いい年こいて何言ってるアルか」
「んな事言って、俺がそう言う度あいつらの目ェ盗んでやってくれ…あ?」
鞄から空のお弁当箱を取り出して台所に向かう神楽の後ろから抱き着こうとした時、総悟は異変に気付いた。
「…あー、そっか」
「ん?」
「何か変だと思ったら、出迎えがなかったのか。登也と沙綾どこ行ったんでさァ?」
いつもなら玄関のドアが開くと走って出迎えに来る2人の姿が見当たらなかったのだ。
沙綾はともかく、この時間に登也が寝ているという事はあまりないし、寝ていたとしても目につく場所に寝かせておくだろう。
キョロキョロと辺りを見回す総悟を見て神楽は、ああ、と言いながら話し始めた。
「アネゴのとこアル。今日は1日中アネゴのとこで遊んでもらってたら2人とも疲れて寝ちゃって。起こそうとしたんだけど、先に家の事済まして来たらって言ってくれたからお言葉に甘える事にしたネ」
その話を聞いて総悟は納得したように頷いた。
「あいつら、姐さんには異常に懐いてっからなあ」
「まーもともと人懐っこい子たちだけど、起きた時に私がいなくても泣かないのはアネゴだけアル」
「…じゃあ今は久々に2人きりって事か」
「え?」
総悟は怪しい笑みを浮かべ台所に立つ神楽に後ろから抱き着いた。
「ちょ、邪魔」
「なあ、一緒に風呂入ろうぜィ」
「…はあ?」
神楽は30手前の夫の発言に思い切り眉間にシワを寄せた。
「いーじゃねーか、こんな機会滅多にねえぞ?」
「冗談も休み休み言うヨロシ」
「前はよく入ってたじゃん」
「今は登也も沙綾もいるアル。2人ともまだ入ってないのに私達が先に入ってどうするネ」
どうやら本気で入ってくれそうにない様子の神楽に、総悟は諦めて身体を離す。
「…じゃあ風呂は諦めてやらァ」
「上から目線ウゼー」
「でも」
「わっ!」
しかし沖田総悟という人間はそのまま諦めるような性格ではなく、神楽の肩を掴み無理矢理自分の方へと向き直らせ、ドS感溢れる笑顔を向けた。
「キスくらいしてくれてもいんじゃね?」
「…」
間近で見るその笑顔は何度見ようとも、何年経とうとも、慣れる気がしないと、神楽は思った。
「…しょうがないアルなー…しゃがむヨロシ」
「ん」
顔が赤くなるのを見られる前に済ましてしまおうと総悟の両頬に手を添え、瞼が完全に閉じられたのを確認してちゅ、と口付けた。
「…これでいい?」
「…んー…もっかい、」
「このまま頬骨潰してやろうか?」
「ごめんなさい」
「わかればいいアル」
神楽は調子に乗り始めた夫の頬にぐっと力を入れると、すぐ様出て来た謝罪の言葉に満足気に頷き手を離した。
「あーあ、せっかく2人きりだっつーのになァ…」
「はいはい横になる前にさっさと着替えて来てネ、シワになっちゃうから」
「ええー」
「脱ぎっぱなしにしちゃダメヨ!ちゃんと掛けてネ」
「あーもーわかったよ」
妻に振られた情けない夫はソファーに身を沈める事さえ許してもらえず、背中を押されるがままにしぶしぶ2階の自室へと足を進めた。
「あ、…そーごー!」
言われた通り隊服を掛けて着流しを羽織っていると、下から神楽の声が聞こえてきた。
本当に今更ながら、名前で呼ばれる事の嬉しさを噛み締めつつ返事を返す。
「何ー?」
「ばんごはんもう出来てるけど、先に食べるアルかー?それともお風呂ー?」
「それともあ・た・し?ってかー?」
「裏声きもいー」
「…」
全く悪びれた様子が伺えないその声に元気よく返す言葉など見付かるはずもなく、総悟は帯を締めながら階段を下りた。
「あ、着替えたアルな。で、どっち?」
「…メシ。風呂はあいつら帰ってきて一緒に入る」
「ありがと、助かるアル」
「へーへー」
「じゃあちょっと迎え行ってくるから」
「え?」
漸くソファーに腰を沈め、新聞に手を伸ばすと同時に思いがけない言葉を発した神楽に思わず振り返った。
「え?何ヨ?」
「いや、お前が行くのか?メガネ辺りに送り届けてもらえばいいじゃねえか」
「寝起きの2才児と4才児をなめるなヨ。ベビーカーとおんぶひもないと無理」
「じゃあ俺も行く」
「せっかく作ったのにばんごはん冷めちゃうアル」
「こんな夜更けにお前1人外に出すわけにはいかねーよ、何かあったらどうすんでさァ」
「まだ6時半アル。ここからアネゴのとこまで15分かからないで行けるし。もう、ほんと心配性なんだから」
「…」
「そんな目してもダメ。行ってくるネ」
総悟は、エプロンを外しておんぶひも片手に玄関へ向かう神楽の後を追った。
「…神楽!」
「何?」
靴を履き、玄関口に置いてあるベビーカーにおんぶひもを放り込み、「暗くなる前に早く行きたいんですけど」オーラを放つ神楽を見て、ぐっと手を握りしめた。
「俺、ちゃんと待ってまさァ」
「…は?」
「すっげえ寂しいけど」
「…」
「だから…!ちゃんと留守番出来たらご褒美にディープなキスをさせてほし、」
「行ってきます」
「ちょ、待ちなせェ!!」
半分冗談で言ってみたその言葉は清々しい程にあっさりとスルーされ、ドアノブに手をかけた神楽を慌てて引き止めた。
「まだ何かあるアルか」
突き刺さるような冷たい視線に冷や汗をかきながら、両手でもじもじと手を遊ばせつつ遠慮がちに呟いた。
「あの…」
「あん?」
「…なるべく、早く帰っ」
バタン
「…」
無情にも固く閉ざされた扉をしばらく見つめ、そしてその扉に背を向けた。
「今のは、結構本気だったのになァ…」
…総悟は、目に涙を浮かべながら1人寂しく夕食を食べた。
いくつになっても一緒にいたい。でもいくつになっても想いは一方通行気味。
4才児よりも遥かにわがままな夫の姿に、妻は呆れ返って扉を閉めたのでした。