13vol.2
□華麗なる反逆
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【華麗なる反逆】
酔いのまどろみに落ちかけたライトさんに、
キスをしたら、殴られた。
それはもう、思いっきり。
ある意味それが答えだったから、頬の痛みなんてどうでもよかった。
「あの、昨日は…」
僕の言葉を無視して、ライトさんは足早に出勤してしまう。
謝る事すら許してくれない。
それほど怒っているということなのだろう。
決して良いとはいえないが、ある種転機のきっかけを作ってしまった僕は、目に入った不動産のチラシを手に取る。
「潮時、なのかな…」
申し分ない職と地位。一人でも暮らしていける。もう彼女の側にいる理由は無い。
昨日のキスで…何一つ。
めぼしい物件に丸を付け、早速数件下見の日時を取りつけた。
やるなら早い方がいい。
ここで足踏みしていては、心が揺らいでしまうから。
思えば、ライトさんは必要以上に僕を頼ったりしなかった。
一方僕は、小さな事でもライトさんの役に立ちたくて、彼女の側から離れようとしなかった。
――ホープ、犬みたいだな…。
そういって、僕の頭を撫でたことがあった。
撫でられた事も嬉しかったけど、何よりライトさんの笑顔がたまらなく嬉しかった。
それが、僕へのご褒美だった。
遅かれ早かれ、この関係に決着を付けなければならないのは理解していたが…
早すぎたのかもしれない。
今まで散々な試練を乗り越えておいて、ライトさんの事となると耐え性がないようだ。
半月ほど気まずい日々が続いたものの、次の家の手配が済む頃にはすっかり元通りの関係へ戻っていた。
つかず離れず、それでも心地いい信頼関係。
その暖かさに甘えるのも今日で最後。
「ライトさん、少しいいですか?」
「…どうした?」
部屋の戸を開けると、ライトさんはベッドから身を起こして首を傾げていた。
僕はベッドの端へ腰を下ろして深呼吸をすると話をきりだす。
「僕、明日ここを出ていきます」
「…………」
「新居も決まって、手続きも済ませました。今まで色々甘えちゃって、すみません」
「……それで、私の前から逃げるのか」
「逃げるって…なんですか」
少しムッとして言い返し、キスした夜の事を思い出す。
あれだけ盛大に殴っておいて。逃げるなって言いたいのか?
僕は逃げるんじゃない。
終止符を打とうとしているんだ。
ライトさんのためにも。僕のためにも。
「お前のせいで……私がどれだけ…」
確かに傷つけた。僕のせいだ。
だけど………
「……あの夜の事は、あのキスの事は…もう、謝りません。したいからしたんです」
「な…」
「ライトさんが好きだから、したんです」
ただ、想いが通じなかった。
それだけの事。
「あのキスで……私とお前は変わってしまった」
そう。もう戻れないんだ。
「今更謝れって事ですか!?そんな事してもライトさんだって困るでしょう」
「こ、困れ!この先、私の事でずっと悩み続けろ!」
「………な、何言って」
「…急にキスなんか、して……ワケが分からない」
ふいに腕を掴まれる。しかし言動の意図は読めない。
「キスして……あんなの…恥ずかしいに決まってるだろ!どんな顔すれば…いいんだ。それでも…時間が経てば普通になるし…。元に戻ったかと思ったら急に出て行くって…何だ!……混乱、する」
「……ライトさん」
「勝手に…答えを出すな。それはお前一人の答えだ。二人の答えじゃ……ない」
なんだろう…。
決別の道を選んだだずなのに、掴まれた腕をふりほどけない。
「顔…上げて?ライトさん」
悲しさや怒りを押し殺す表情に、感情が激しく揺さぶられる。
「そんな顔されたら。心配で…離れられなくなります」
「行く必要は無い……離れるな」
「ごめん…。僕がきちんと気持ちを伝えていれば、ライトさんにこんな思いさせなかった。これからもライトさんの側にいて、貴女の支えになりたいです」
「べ、別に…」
「そんな…」
でも、こういうところが本当に可愛いな。って思う。
「うるさい…。私の側にいたいなら……言うこときけ」
「………………………フフ、ハハハッ」
「何が可笑しい!」
「だって、ハハッ」
だって、こんなの。
最高のプロポーズだ。
「じゃあ僕も」
「?」
「明日からまた一緒に暮らしましょう。この先ずっと…貴方の事で悩ませてください」
「2ヶ月待て」
「え!?2ヶ月も!?」
すっかり新居で同棲を思い描いていた僕は素頓狂な声を上げる。
「この部屋の契約が2ヶ月後に切れる」
「ちょ…そんなの待てません!!明日にでも引っ越しの手配しましょう」
「そんなに焦る事無いだろ」
焦ってる。と言われてしまえばそれまでなのかもしれない。
「ライトさん…。ライトさんは、僕と共に歩む決意をしてくれた。素直に嬉しいです。嬉しいから……待てる、なんて嘘。つけないです」
ライトさんの手が僕の頬に触れる。
もちろん、今度は痛みなんて感じない。
暖かい愛情が伝わり、僕は自然と手を添えた。
人の体温がこれほどに心地よいのだと、改めて知った瞬間でもあった。
「キスして、いいですか?」
恥ずかしがって俯くライトさんの顎を軽く持ち上げる。
「ま、待て!」
不安がるライトさんの手を、僕の胸に当てる。
ちぎれそうな程脈打つ心臓の様を伝えたくて。
自分でも分かる。
頭がクラクラ死そうなほど、紅潮している。
「ここ…ろ、の…準」
言葉の途中で、唇を塞ぐ。
一瞬身を強ばらせたライトさんは、苦しそうに僕の胸を押し返す。
「鼻で息…してください」
少し笑いながら助言をする。
怒って反論しようとする唇をまた塞いだ。
それでもすぐに、ライトさんの呼吸が漏れるのを感じると、僕は嬉しくなってさらに深く口づけた。
足りない…。
本能の趣くままに、首筋を辿るようにキスを落とす。
「ホープ!!馬鹿!待て!」
「犬じゃないんだから…でもまぁ、いいかなそれも」
「何言って…」
「ご主人様の喜ぶ顔が見たいですから、なんてね。殴られた、仕返しです」
目を丸くするライトさんをベッドへ押し倒し、僕は彼女の首筋に食らいついた。
end