はなし

□海の見える景色
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海の見える景色



嫌いだった。
この町も、部屋から見える景色も、人も全てが嫌いだった。
何も無くて、見えるものも海と漁港ばかり、そして生まれから決められたレールを歩いていくしかない。この町では生きていくためには猟師をするか市場で働くか、そのぐらいしか選べない。
人もそれを当たり前のように受け入れていて、どうしようって気が無い。まぁ、家族でやる仕事が多いのも確かだけど、それにしたってつまらない。
生まれてからこの町から出たことはなかったけど、高校を卒業したら絶対ここを出て行くと決めていた。
そして、もうすぐ卒業のそのときが迫っていた。


「ねえ、隆弘。あんた東京行くっていうけど、いったいどうするつもりなんだい?進学すわけでもなく、就職するわけでもないし。」

そういって母さんは俺に問いかける。だが、俺の中で答えは決まっていた。

「やりたいことがあるわけじゃないけど、東京に行ったら何か見つかる気がするんだ。漠然としたもので、全然胸はって言えたもんじゃないけどさ。大丈夫だって、こっちで貯めた貯金もあるし、向こう行ってもバイトか何かして暮らしてくからさ。」

そういって、俺はやりかけの荷造りを再開する。
母さんは俺の言葉を聞いて少しだけ心配そうな顔をして

「そう、でも母さん、隆弘には父さんの手伝いをしてほしかったわ。」

そう言う。
俺の家は漁師をしていて、父さんは漁師だ。母さんは、近くの市場で働いてる。

「ごめん、わがままなのはわかってる。でも、決めたから。」

「そう、父さんも好きにさせたらって言ってるし。あなたが決めたならもう言わないわ、好きにしなさい。」

そう言って、母さんは部屋を出て行こうとする。出て行く前に振り返り

「ただ、何かあったらいつでも帰ってきていいんだからね。あんまり無理とかしちゃだめよ?」

そういう。その言葉に俺はうなずき

「ありがとう」

と答えた。

それから、少しして高校を卒業した。
卒業式のあとの、後輩から写真をねだられたりだとか、ボタンをくれとねだる奴とか、そんなのを適当に相手にして、家に帰ろうとしたときに呼び止められた。


「隆弘まって!」

その声はなぜか切羽詰っているように聞こえ、思わず足を止めてしまう響きがあった。
俺を呼んだのは、幼馴染で、幼稚園いや、生まれたときから一緒だった祐(ひろ)だった。

「何だよ祐」

なんとなく、こいつにはいいづらくて、東京に行くって話はしてなかった。
多分そのことなんだろうと大体は予想がついていた。

「あんた東京に行くって本当なの?」

やっぱりだ。
言ってなかったのがこういうときに気まずい。

「ああ、そうだよ」

少し無愛想に答えすぎた。

「何でそんな大事なこと言わないのよ!」

「はひぃ!ごめんなさい。」

…こいつには昔から頭があがらなかった。
今回もこいつの鬼のような形相をみて反射的に謝ってしまった。

「あやまったって許さないんだからね!で、いつ?」

「い、いつって?」

「わかんないの?あんたがあっちに行く日よ!」

めっちゃこわいですよ祐さん?そんなんじゃ近づく男どもは脱兎のごとく逃げ出しますよ?

「え、え〜と、明日だったり・・・」

「は?え?明日!?」

「はい、そうです。」

「急すぎるわよ!何でもっと早く言わないのよ!」

また鬼の形相…怖いって。

「はひぃ!…って、よく考えたらお前には関係ないじゃないか。お前は幼馴染だけど、俺のする行動をいちいち言わなきゃなんない理由がないだろうが」

逆切れ風になってしまったが、そういうことだ。別にこいつに言わなくてもかまわないといえばそうなはずだ。

「それはそうだけど、黙っていかれたりしたら、私が困るじゃないの!っていうか、こんな急に知っても困るっての!」

「だからなんでお前が困るんだよ!」

「うるさいうるさい!こんな急じゃ、急じゃ…急すぎるよ。」

いきなりけんか腰になったり、かとおもったら今度は急に暗くなるし。

「お、おい、どうしたんだよ急に」

俺もあせってくる。意味がわからない。

「隆弘にはいつでも会えた。家も近所で、ずっと一緒に育ってきた。」

「そうだな、ずっと一緒だったよな。腐れ縁ってやつかな。」

そういって俺は少し笑う。

「そうだよ。だから、これからもこの腐れ縁は続くのかなって思ってた。高校卒業してもいつでもあえるって思ってた。それが…それが…もうそれがなくなるって思ってさ。」

そういって祐はうつむいていた顔を上げた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「お、おい、一体どうしたって言うんだよ?」

俺もわけがわからなくて、でも何かかすかな予感みたいなのを感じていた。

「はは。わかんないよね隆弘には。昔から鈍感だしね〜」

そういって笑う祐の顔はなぜかとても切なくて、ずきっと胸が痛んだ気がした。

「わるかったな。」

「うん、いいよ。気にしない。それより、これから時間ある?」

突然、そう切り出す。

「え?そうだな、荷造りすんでるし、特に予定ないかな?」

本当にそのとおりだったけど、今日は早めに家に帰りたい気持ちはあった。
だけど、祐の顔を見ていると自然とそう答えてしまった。
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