甘い水
□拍手達
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最強警備
闇が空を覆い、そこに宝石のように輝く数多の星たち。
時刻は深夜2時といったところだろうか。
トラン共和国はグレッグミンスター、かつて黄金の都と称されたその街に居を構えるマクドール家に怪しい影がひとつ。
影はマクドール家の壁を這いつくばって登っていた。
音もなく、されど的確な速さをもってして。
それはさながら、忍者と呼ばれるものたちの業そのもの。
1階付近を登り終え、踏み入るは食堂や居住スペースがある2階だ。
影からみて侵入ルートは2つ。
左右に存在する窓。これだ。
影は迷わず右の窓へと移動する。
音もなく、存在そのものを希薄にして。
そしてたどり着いた、目標地点。
ゆっくりと窓ガラスに触れ、扉を開ける。
手入れが行き届いているのか、開いた際に窓枠が軋む事はなかった。
そして、ようやく人が1人入れるようなスペースを作ると、両の手を勢いをつけて踏ん張り、しなやかに体を丸めると、開いたそこにするりと滑り込んだ。
着地も軽やかに済み、住居人に気付かれた素振りはない。
暗闇に慣れた瞳で見える中は質素に纏められていて、窓側から少し離れてベッド、それからサイドボードが置かれているだけだ。
影が目的とするのは、今ベッドの中で眠っている人物。
マクドール家が主、ユキである。
主、ユキは未だに気付いてないのか、窓を背にして眠りこけ、小さな吐息が立てている。
そこに影こと、キラはゆっくりと忍び寄った。
つまるところキラはユキに夜這いを仕掛けに来たのだ。
「ユキさん、無防備すぎですよ。○コムしてますか〜?なんちゃって」
なんの障害もなくユキの布団に手を翳した時だった。
「○コムしてます」
冷やかな声音とともに首筋にあたる冷やかな鉄の感触。
「何をしに来たのかは、後で、じっくり聞くとして、取りあえず本拠地に帰るよ」
「ちょ、まっ、ルック」
「問答無用」
魔法兵団長殿に見動きをとれなくされ、騒ぎが大きくなる前になのか、転移の術を発動させられる。
一瞬、室内にやわらかな風が舞い上がる。
すると段々とユキの姿がぼやけて、仕舞いには見えなくなってしまった。
この術の転移先は間違いなく魔法兵団長の執務室(第二室)と称される部屋に違いない。
ちなみにこの部屋の別称は「拷問室」だったりするのをキラを初めとする一部の人間だけが知っている。
だからこそ、キラは覚悟した。
夜はまだまだ長い、と。