甘い水

□拍手達
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敵わない。










「痛っ」


談笑しながら城内を歩いていたときのこと。
唐突にユキが小さな悲鳴を上げた。


「どうした?」


フリックが訝しげに隣を見れば、きゅうっと眉根を寄せ小さな手で口元を覆う姿が。


そのまま指先で下唇をなぞったかと思うと、覆っていた手を確かめるように目前に晒した。
開かれたグローブに映るのは小さな紅の色。


「唇が乾燥し過ぎて切れたみたい」


やっぱり、血が出てきちゃった。
ため息と共に吐き出された言葉に晒された口元を見てみれば、下唇からは確かに小さな出血が見られて。

それならば、とあることに思い至ったフリックは早速と行動へ移した。


「!!」


ふ、と目前に迫った影をユキが認識したその瞬間。
ユキは思わず両の黒曜石を大きく開かせて固まってしまった。


フリックがその小さな赤い膨らみをぺろり、と舐めあげたのである。



「ま、応急措置だ。」


固まったユキに気付かず、さらりと言い放ったフリック。
男の様子から見るに、疚しいことをしたという気はなさそうで。

言葉の通り、治療の一環としての行動だったのだろうと思考が戻りつつある頭でぼんやりとユキは思った。

しかしそれが実際に有効な処置かと云えば答えは、否。


「…舐めると却って乾燥が悪化するんだけど」



「わ、悪い!」



真実だけを放ってやると得意気な表情を一変。
凛々しい眉を八の字に垂れ下げ、直ぐ様、目下の少年へと謝った。
その変わり様は瞬き一つ分、あるかどうか。

彼がとてもその行為に慣れているのが良く、分かる。



そして当のユキはというと。
謝罪を口にするフリックを一瞥しただけで、彼の目の前を通り過ぎていく。
些か足早に。



「…ユキっ」



視線を寄越した後、あまりにも自然に、そう最初から何も無かったかのように、目前からさらっと、離れて行くものだから、彼をそのまま見送ってしまった。

気付いた時にはそれなりに距離が開いていて、フリックは慌てて小さな影を追い掛けた。


小さな恋人の、損ねてしまった機嫌をとるにはどうすべきか、必死に考えながら。




―だから、彼は気付かなかった。

艶やかな漆黒の間から垣間見える白く小さな耳殻が、仄かに朱に染まっていたことを。


(不意打ち、とか、…っ〜ふ、フリックのくせにっ)


なんて、ユキが心の中で騒いでいたことを。


彼は知る由もない。
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