縁不暗締

□暗転-凍ノ腕-
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暗転―凍ノ腕―

空ろな金属音が響いて、清涼飲料の缶が宙に浮く。夕陽に照らされた土手の上を、ランドセル姿の少年たちが走り去る。
どこからかカレーの匂いがして、逢魔時の河川敷を行く人はみな家路を急いだ。逢魔時なんて物騒な文字の似合わない、とても長閑で日常的な光景。きっと彼等の脳味噌には今日の晩御飯のことしか入ってないのだろう。
そんな酷く日常的で恋しい世界からぽつんと切り離されたかのように、『私達』は川のすぐ側にいた。
私のすぐ側に立っているのは、とてもとても綺麗とは言い難い襤褸布をまとった青年で、長い髪と逆光が邪魔をして私からは顔を窺うことができないのだけれど、薄汚れたその肌はそれでもきっと整った顔立ちなのだろうと思わせるに十分な白さだった。
土手を行く人は誰一人としてこちらに意識を向けず。ただただどこか現実味のない姿をした青年と私だけがそこにはいた。

『逢魔時』昼夜の境目。とても怪しいもの、魔物に出逢う時。
『黄昏時』誰彼時。そんな時間にこんなすべてから切り離された場所にいる彼は誰であろうか。私にはよくわからない。

彼はおもむろにしゃがみ込むと、じっとこちらを見つめ、ぼそりと呟いた。

「貴方は一体どうしてこんなところにいるのか」

そうして彼は一つの『物体』を片手で拾い、立ち上がり、それを落日に翳してみせる。

「…見事な腕だ。万年氷に漬け込んだとて、こうも氷に成り切るまいよ。」

赤い光に当てられたそれは彼の瞳の中でキラキラと輝いてみせ、そして…

「どうして此処にこんな物があるのか。私ごときでよろしければ貴殿にお話し致そうか」

遠くで烏がひとつ鳴いた。

朗々とまるで何かの台詞のようにそれは語られる

「これから私が語りますは、酷く歪な物語にございます。私が見ましたのはある一人の不幸な…いえ、彼の男ならば全ては自業自得でございましょうね。物語の始まりは、ほんの数日前にございます。今は逢魔時。この私が口をきくと言う多少歪な出来事ぐらい、どうぞ受け入れてくださいませ。逢魔時を過ぎたなら、私もいつものように口を噤み、物言わぬ事象のひとつと相成りましょう。なればこそ、さあさあ今暫し、日の入るまでの暫くは、どうぞ清聴を煩わしたまえ」

奇妙な言葉遣いでそれは紡がれて、そして、
逢魔時は更けていく。
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