詩創

□愛を、俺は知らない
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葵 恭平(あおい きょうへい)。
俺はかなりの確率で名簿が一番だ。
まぁ、そんなことはどうでもいいが。






『愛を、俺は知らない』





「およ〜っす」

ガラガラという音とともに、ふざけた声がした。
奴が来た合図だった。

奴が歩く。
入り口から真っ直ぐと教室の前を過ぎる。
一番窓際の前に座っている俺の顔を見る。
そして、ニコッと笑い、声をかける。


「恭ちゃん、おはよ」

「・・・・・はよ」


返事を返すと、満足そうな顔で、やっと奴は俺の後ろの席へと座る。
それが、俺達の日課だった。いや、勝手に日課にされたに等しい。



******



井波 優夜(いなみ ゆうや)。
4時間目も半ばを過ぎようという時間にこんな空気の読めないご登場は毎度の事だった。
薄茶色に染め上げた少し長めの髪に、痛々しいほどのピアス。
整えられた鼻や輪郭に、薄い唇を見れば誰だって何か思うだろう。
奴が来れば女子が騒ぎ出す。
それくらいこいつは美が付くほどの男前だが、正直言わせてもらおう。
こいつは、確かに美男子かも知れない。
だが、度が付くほどの、能天気だ。馬鹿だ。アホだ。
それに気付けてない女子は、もっと馬鹿なのかもしれない。


「なぁ、きょっぺー。今日暇なんだけど」


少々くぐもった声が後ろから聞こえてくる。
振り向かなくても奴が机にうつ伏せになって喋ってることぐらい、解る。


「ふーん」
「冷たっ!きょっぺーひでぇよ!」


脈絡もなく、視線を本に向けたまま返事を返すと、でかい声を出しながら俺の背中を突く。
よかった。休み時間で。


「お前は相変わらず能天気だな」
「能天気の何が悪い!能天気だって素晴らしいんだぞ!ってか能天気って関係なくない?」
「あー、はいはい、そのテンションにはついていけませんって」
「だからそんな話じゃねぇ!」


むがーっ!!とか後ろから人間の声とは思えない声で叫び声がする。
こいつのテンションは破壊的だ。適う者はいないだろう。


「あ・の・ね。恭ちゃん。よく聞いて。今日遊ばないかって聞いてるの。お返事は?」
「いやだ」
「なんでぇ!?いいじゃん!俺捨てる気!?」


もう止めてくれ。本気で人の目が痛い。
パタン、と読んでいた本を閉じる。そして、やつの目を見る。


「お前、俺んちの事情知ってるだろ。だから、無理。だめ」


俺の家は今時珍しい、厳しい家だった。
寄り道厳禁、門限6時、遅れる場合は必ず連絡。
しかもだ。この、デジタル社会で、携帯と言うものを持たせてもらえない。
連絡しろとか言いつつ、携帯はダメ。テレフォンカードがあるだろって。
どんな時代に生きているんだよ。


「んー、恭ちゃんちの人って面白いけど、難しいよねぇ」


悲しい事にコイツは俺の家に一度来た事があった。
学校で熱を出して倒れたときに家まで送ってくれたのだが、
その時にうちの家族に感謝感激されて、その日、晩御飯をこいつと一緒に食べたのだ。
それ以来、妙に家族がこいつに懐いてることが気に食わない。



「まぁ、そういうこと。女とでも遊んどけ」

「キョンって・・・たまーに、酷いことをけろっとした顔で言うよね」



さすがに引き攣った笑顔で、優が言う。どうせこいつの周りなんて女ばっかりだ。むしろ女の方が、こいつをほっとかないだろう。





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