庭球:CP


□君の右隣
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昨日今日と偶然にも母さんは同窓会、姉さんは旅行で家を空けていて。
僕一人だからと彼を呼んで一夜を過ごした朝。
「あ…っ」
ぴちゃり、という液体の撥ねる音と、聞き慣れたアルトが漏らした短い声に僕は振り返った。
声を上げたリョーマは左手を軽く振った後、急いで近くにあったティッシュの箱を引き寄せる。
慌てて近寄って、僕は彼の手元を後ろから覗き込む。
ぴちゃりという音はスープの零れた音で、つまりリョーマは飲もうとしていたそれをふとした拍子に零してしまったらしかった。
「…大丈夫?」
普段はそんな失敗をしてしまうのを見たことがないから、僕は拍子抜けしながらも少し驚いた。
「ん…」
返ってきたのは少し不機嫌そうな、つまり彼が気まずく思うときの普通の声で。
けれど何処かに違和感を感じて、僕はもう一度リョーマの手元を見回す。
…あ。
これでは零れるのも無理はない。
スプーンは彼の右手、利き手ではない方の手に握られていた。
「…リョーマ、どうして右手に持って……」
「不二先輩が右利きだから。」
言葉は途中で不機嫌そうな声に遮られてしまった。
「そうだけど…それがどうかしたの?」
彼がそこまでしてスプーンをわざわざ扱いにくい右手に持つ理由は分からなかった。
「……この前さ、図書館行ったじゃん。」
リョーマは少し俯いたまま、ぽつりと話し出した。
「うん、それで?」
そういえば先週はテスト週間で。
リョーマが国語が苦手だというから図書館で少し教えてあげた。
もちろん、教師でも何でもない僕に出来ることといえば単純にリョーマの質問に答えることぐらいだったけれど。
「そんとき、肘がジャマだったから…右手使えたらいいなと思っただけ。」
言ったきりリョーマは口を閉ざして、少し気恥ずかしげにそっぽを向く。
その仕草すら可愛くて、僕は思わず笑みを漏らした。
「何笑ってんの…」
このままだとリョーマは更に機嫌を悪くしてしまう。
僕は込み上げる笑いをかみ殺して謝った。
「ごめんごめん。でもね、リョーマ。それも嬉しいんだけど。」
きょとんとした表情に愛おしさを感じながら僕は続けた。
「僕がリョーマの右にいればいいでしょう?」
そうすればもっと近づくことが出来るから。
そう言って微笑った僕に、リョーマは真っ赤になりながらも頷いた。



明日からも、
君の隣で僕が笑っているといい。
そんなささやかな希望を込めて―――。



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