小説【短編】
□カスミ(霞/香澄)の衣
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まだ少し肌寒い5月、俺と香澄(かすみ/彼女)は海にいた。と言うのも、彼女が突然『海が見たい』と言い出したからなんだけど…。
『ねぇねぇ、リョーマ!海だよ、海っ!』
「…そんなの見りゃ分かるっしょ。」
『綺麗だねぇ…』
「まだまだだね。」
はしゃぐ香澄が可愛くて、思わず抱き締めてしまいたいと思いながら照れ隠しで素っ気なく言葉を返す。そんな俺の性格を知ってか知らずか香澄は嬉しそうに微笑んだ。
『私、夏って好きだなぁ…。』
なんて嬉しそうに俺以外のモノを“好き”だと話す彼女にムッとした俺を、香澄はきょとんとした顔をして見つめた。
『リョーマ、どうしたの?』
「…別に。」
俺を見つめる香澄の動作に、らしくもなく照れながら俺は被っていた帽子を目深に被った。
『ねぇねぇ、リョーマは春夏秋冬(はるなつあきふゆ)どの季節が好き?』
少し考えてから俺は口を開く。
「春…かな。」
俺の答えに疑問顔の彼女の手を軽く握る。
『春……どうして?』
「古文購読教科書87ページ注4。」
『え?』
俺の突然の言葉に驚きながらも、忘れないようにメモを慌てて取ろうとする彼女の手を引きながら俺達は海を後にする。
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