――何処だ、ここは。 まだ人生の酸いも甘いも経験していない年頃の若者は、自身が居る場所の風景に絶句した。 見開かれた若者の目に映っているものは、白の空に不自然に崩れかけたビル、砂漠と、水溜りに泳ぐ魚。統一性があるのかないのか分からない世界である。 若者にはこんなところへ来たいと思ったことなど、一度もない。気持ちが悪いこんな世界へなど。 知らぬ間に、風が吹き始めた。水溜りに緩く波紋が描かれ、砂漠の砂が舞う。若者は、それらに誘われるように足を踏み出した。 二・三歩進めば足先が水溜りに触れ、若者は力なく両膝をついた。バシャッと水がはねる。やけに喉が渇いている気がした。 ――何をしているんだろう。 膝をついたまま、低い視界のままで、もう一度若者はこの世界の風景を見た。白の空、不自然に崩れかけたビル、砂漠、水溜りに泳ぐ「魚」。 先ほどより近くで「魚」を見た結果、若者は気付いた。そして、後悔した。 「魚」の頭が、二つあるのだ。否、正確に言うならば“二次胚”と思わしきものが魚の腹部にあるのだ。 パクパクと酸素と餌を求めて動く二つの口。四つの目は、全て若者を見ているようであった。 気味の悪い、恐怖に似た恐怖以上の感覚に駆られ、若者は動けなくなる。 その間に、半ば砂に埋もれたビルの出入り口から何かが這い出してきた。ザワザワ、ずるずると、黒い何かが。 若者は、ゾッと背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。 ――嫌、あれは見たくない。不吉なものだ。駄目、ヤメロ。 本能が危険信号を鳴らしている。 立ち上がり、走り出そうとしたら水溜りの中の砂に足をとられて転んだ。 乾いた砂の上に上体が投げ出される。砂は熱かった。身体が焼そうな程に。 若者は、苦痛からか悲鳴のような呻き声を上げ、手を伸ばした。誰に、何に、というわけではなく、ただ本能の求めるままの助けを求めて。 “白”の空に向かって・・・・・・ 白い光が、強くなって突き刺さった。 「やぁ、大丈夫かな?」 白衣を着た人のよさそうな男が、そう言った。 「………。」 その言葉を聞いた方は、何かを探すように視線をさ迷わせ、それが自分への“疑問”・“確認”だと分かったのか、ゆっくりと一つ頷いた。 今まで一度も切ったことがないと思われるほど伸びた髪が、その動きに合わせて揺れた。 「そうか、じゃあ、今日はもうお休み。無理はいけないからね。」 男は、手に持っていたボードに何かを書き込むと、壁際のスイッチを押した。すると、ゆっくりと部屋の明かりが暗くなり、完全な闇になる頃には男の姿は消えていた。 闇に誘われて、一人取り残された人物は目を閉ざす。 先ほどみた“白”の名残を探そうと・・・・・・ 白い光は、弱くなって抜き去られた。 ――何処へ、行けばいい? 若者は、急にはじめに戻った世界で考えながら走り出した。 また何時、あの黒い何か嫌なものが来るかわからないところに何時までもいたくなかったからだ。 ――何処へ、行けばいい? 目的地は、まだ分からない。決まらない。 それでもただ、若者は走り続ける。走り続けるしか、なかった。 |